アデプトとしての道

 ここは、セルヴォスジャングルを東に抱くビルサと言う小さな村……の近くの森の中。そこで、5人の<名づけ手>が額を寄せ合って相談している。積極的に計画を考案しているのは なトロールである。それを、真剣な顔で聞き問題点などを冷静に指摘するウインドリング。あまりよく分かってなさそうな顔をしたヒューマンの少女と、その少女の顔しか見ていない赤毛のヒューマンの男性。そして、見るからにやる気のないマッチョなエルフ。そんな五人である。
「つまり、野盗のアジトがあそこにあるわけだ。で、奴らは猿知恵を働かせて、警備を置いているが、各場所に一人で……」
 エルフがあくびを一つ。
「他のお互いに監視されるのを嫌ってか互いに見えないと様に立っている。その為に、俺達の一人が村人のフリをして、おびき寄せて各個撃破すると……どうだ?」
 そう、彼らは野盗退治をビルサの村人に依頼されてここまで来たのだ。野盗の数は15人ほどと少し多いが、その全てがアデプトではない。それは、ヒューマンの男性、ミューと言う名の盗賊のアデプトが事前に偵察をして確認してきている。力押しでも勝てない相手ではない。しかし、戦いに乱数要素は付き物だ。そんなくだらないことのために命を落とすのは馬鹿らしい。そう考えてこのトロールは確実と思われる作戦を提案しているのだ。
「まあ、問題はないんじゃないの? あるとしたら、囮だけど……」
 と、ウインドリングの少女が言う。それに一つうなずき、トロールが言う。
「それは、ミューしかいないだろう。アルマが行くにはウインドリングという種族で冒険者だとばれる恐れがある。俺やバングが村人に見える程馬鹿であると考えるのは無謀だろう。ノエルは鎧と剣がアンバランスすぎて、あまりにも怪しすぎる」
「アンバランスって……私はれっきとした剣匠なんだぞ」
 とノエル――ヒューマンの少女――が文句を言う。それに軽口を返すのはミュー。
「ま、可愛い女の子が武装してたら違和感を感じるってことさ。じゃあ、俺が行くかな」
 と、ミューが動き出そうとした瞬間。今までやる気のなさそうだったトロールがすっくと立ちがった。
「どうした、バング?」と、訊ねるは作戦を立案していたトロール。
「クラグヴェスカ、何もそんなまどろっこしいことしなくてもいいだろう? 正面から殴れば良いんだよ」
 そう言うと、バングと呼ばれたエルフは、二降りの戦斧を持って走り出した。
「なっ!?」
 一瞬固まる一同。
「あの筋肉馬鹿が」そう、吐き捨てて不意打ちをしかけるために移動するミュー
「人がせっかく苦労して作戦を理解したのに」と言いつつ、バングを追うノエル
「……頭は飾り?」と、スレッドを編むアルマ
「あいつは本当に航空士か? 良くアデプトに成れたもんだぜ」と、クラグヴェスカ。
 そして、乱戦。アデプト5人に不意打ちを受け野盗は浮き足立つ。そして、二降りの戦斧を振り回しながら、切り込んでくるマッチョなエルフ。戦いはあっと言う間に決着が付いた。アデプト達の圧勝である。傷らしい傷も負っていない。そうやって一段落ついたところで、バングが得意満面の笑顔でクラグヴェスカに話しかける。
「な、俺の言ったとおりだろう?つまんねー、作戦なんていらないだろう?」
 クラグヴェスカはそれに答えず、野盗がアジトにしていた小屋の中へと入っていった
(此の筋肉ダルマは航空士のディシプリンとしての道という物を本当に理解してるのか、常に機知を尊ぶ我々の道を)
「自分の作戦が無視されたぐらいで怒りやがって。結果オーライって言葉を知らないのか」
 アデプトになる。こう一言で書けば単純なことであるが、実際にはそれ程単純なことではない。アデプトとは、例外なくディシプリンという道に就いている。このディシプリンごとに、独自の哲学を持っている。アデプトになるためには、此のディシプリンの哲学を受け入れる必要があるのだ。此の哲学を抵抗無く受け入れることがアデプトになる必須の条件なのである。逆に言うと、アデプトは皆自らの就いているディシプリンの哲学を受け入れている者なのである。例えば剣匠というディシプリンであれば、華麗に魅せる戦い、多少不利になっても格好良く戦うことによって自らを示す、と言う哲学がある。その為に、勝利のために手段も何も選ばないと言う者は此のディシプリンにつく事はできない。航空士であれば、機知に満ちた戦いと、世界の守護者としての自負を持つことを要求される。そして、彼らの大部分はこう思っている。
「殴るだけなら幼子でもできる。そんな野蛮な戦いは空族共に任せて、我々は頭脳で戦うのさ」
 この為に、クラグヴェスカは怒っていたのだ。自分は誇り高き航空士であり”あの”バングもそうでないのか、と。自分の道を踏みにじられた、そんな風にすら感じたのだ。
 此の事件は、それで平和にけりが付いたのではあるが、当然のようにクラグヴェスカがバングとの行動を避けるようになった。これまた当然ながら、バングは何故自分が避けられているのか、見当もつかなかった。
 アデプトと言えども生活費は必要である。もちろん、生きた伝説と言われるほどになれば、生活費に汲々することはなくなるが、その頃には自分の双肩にバーセイブを背負ったりする羽目になっていたりするだろう。まあ、それはさておき、アデプトの大部分は生活の糧を得るためと、自らの目的のための第一歩として冒険者をやっている者が多い。彼らもそんな一団である。そんな朝もウインドリングの理論魔術師であるアルマが仕事を見つけてきた。
「ねーねー、バータータウンまで護衛の仕事貰ってきたよー」
「護衛か。まあ、ただ暴れればいいだけだから、気楽で良いけど……遠くないか?」
 と、言っているのはバング。
「でもさー、バータータウンの横のスロールには、バーセイブ最大の大図書館があるんだよ! やっぱり一度ぐらいは蔵書みたいよー」
「そうだねー、スロールにネリルカもいるだろうしね」
 と、これはノエル。賛成はしているが論点はずれている。ちなみに、ネリルカとは彼女の幼なじみの学者である。
「ま、ノエルが良いなら俺も良いぜ」
 と、言っているのはミュー。
「クラグヴェスカも行くよね?」
「いや、悪いが俺はやめておく。少し、考えたいことがあってな。俺の兄弟子に当たる人の船で少し働かせて貰うことにしたんだ」
「そっかぁ。じゃあ、またどこかで会おうね」
 と、少し残念そうなアルマ。
「まあ、こっちも最終的にはバータータウン目指すそうだから、お前らよりも少し早く着くかもしれないがな」
「うん、じゃあ、また向こうでね」
 そういって、クラグヴェスカは皆と別れた。その後彼は自らの兄弟子と共に、航空士の道がなんであるかを見つめ直すことなる。もちろん、これこそがクラグヴェスカが一人パーティーから抜けた理由である。
 それはさておき、護衛である。護衛というぐらいであるから、護衛対象の隊商を護らなければならない。もちろん、アデプトの護衛がいるという事実が野盗避けに成る。それでも、当然ながらうぬぼれの強い野盗や、もっと厄介な者は平気で襲ってくる。それらには当然のように力で対抗しなければならない。と、言うわけで戦闘が起きていた。
 鮮やかに敵の剣を受け流し、相手を切り捨てて行くノエル。
 巧みに敵の背後へと回り込み、一撃で相手を沈黙させるミュー。
 そして、弱った相手に確実に念刃を飛ばすアルマ。
 しかし、その中でバングだけが精彩を欠いていた。普段であれば風車のように戦斧を振り回し敵を薙ぎ足している彼である。しかし、右手に持っている戦斧の使い方が素人同然なのである。もちろん、そんな攻撃では当たらない。一方左手に持っている小ぶりの斧の方がまだ、安定している。なんであれ、彼の攻撃があまり当たらず、それを一番不思議に思っているのはバング本人である。なによりも、目に見えて焦燥感に駆られている
(あれ?斧ってどうやって振るうんだ?……なんで、当たらないんだ?)
 もちろん、敵が避け損ねれば当たる。だが、その戦い方は戦士の者ではなく、巨大な斧をやみくもに振り回す素人の戦い方に過ぎなかった。
 戦闘は終始優勢に進んだ。相手は所詮腕の良いごろつきの集まりである。専門の戦士達――1人は戦士として役に立っていないが長大な斧を振り回すだけで威圧効果ぐらいはある――の敵ではない。そして、無事に戦闘が終わった。しかし、皆浮かない顔をしている。雇い主は本当の素人らしく、バングの不調に何ら気付いていない。しかし、他のアデプト達が気付かぬわけがない。
「どうしたんだ、バング。斧の使い方がおかしくなかったか?」と、憂い顔のノエル。
「いや……その……なんだ……斧がうまく使えないんだ」困惑というか混乱した表情のバング。
それを聞いて、更に当惑を深めるノエルとミュー。それとは対照的に何かを真剣に考え込んでいるようなアルマ。そして、アルマが口を開く。
「使えなくなったのは斧だけ? 他のタレントは普通に使えるの?」
「いや、試してないな。じゃあ、ちょっと軽業切りを……」
 そう言って、地面を蹴り近くの木に斬りかかろうとする。本来であれば空中で回転をしながら木を切り裂くはずである。が、彼は無様に地に転がった。それを見て、おもむろにアルマが再び口を開く。
「<タレント・クライシス>ね」
 アデプトとは魔法の力によって、剣を振るい、呪文を唱える。此の魔法があるからこそアデプトは一般人よりも短い訓練で強力な力を振るうことができるようになる。では、一般人との決定的な違いは何か? ディシプリンについていることである。ディシプリンにつき、ディシプリンの哲学を受け入れ、その哲学を深めることによって、自らと魔力の間に繋がりを造り、強力な力、タレントを行使する。逆に言えば、此の哲学を否定してしまったとき、そのアデプトは魔力を操ることができなくなる。これが世に言うタレント・クライシスである。バングのように機知を尊ぶディシプリンの者が力技にのみ頼るというように少しずつ哲学に反していき、その歪みが一定量に達したために、クライシスを起こす者もいれば、決して逃げずに対処すると誓いを立てた刀鍛冶の者が、全てを見捨てて逃走し、即座にクライシスに陥る場合がある。どちらであれ、クライシスから抜けだ出すのは大変難しい。なぜなら、一度、自らの行動によって否定した哲学を再び受け入れ以前と同じレベルまで深めねばならないのだ。それが容易いことであるはずがない。
「でも、おかしいな、俺って、最初からこんな感じだぜ?」
 と、本当に見当のつかないバング。
「じゃあ、何でエアセイラーのアデプトにつけたのよ。ディシプリンを受け入れない限りアデプトには成れないはずよ」
「でも、元々頭使うの好きじゃないしなぁ」
「じゃあ、空族にでも成れば良かったのに」
 ボソリと呟くミュー。
「あれ以来じゃないか。ほら、バングが二刀流で戦いだした辺り。あの頃からとりあえず、攻撃というようなことを始めていたような気がするけど」
 さすが腐っても剣匠、なにげによく観察している。
「うーん、そうだな、確かにあれ以来、考えなくても何とか成るようになったから更に考えなくなったかもしれないなぁ」
「まあ、じゃあ、そう言うことでがんばりな」
「ミューって、男のことだと薄情だな」と、白い目で見るノエル。
「当たり前だろう、俺にできる事って何も無いだろう? これがノエルだったらできないことでもやってみせるけどな」
「な、何を言ってるんだか」
 ちょっと頬を赤らめるノエルといい感じのミューをおいといて二人は会話を進める。
「で、アルマ、どうしたらいいんだ」
「話聞いてなかったの? 自分のディシプリンの哲学を取り戻すの。脳味噌キンニクをやめるの」
「どうやって?」
「自分で考えなさいよ」
「思いつかないから聞いてるんじゃないか」
「私が何を言っても、自分で再び自分の道を見つけださないとタレントは戻らないのよ」
「まじで?」
「まじで。ゆっくり考えるのね」
 幸いというか、何というか、護衛中である。出てもせいぜい野盗である。おかげで考える時間はたっぷりある。ただ、これが考えて何とかなるのかは非常に疑問である。まあ、考えないよりは考えた方が有用であることは厳然たる事実ではあるが…… そんなわけでバータータウンに着いたときには、バングはげっそりとやつれ果てていた。普段頭を使わない者が、頭を使うとどうなるのか……その典型がここにあった。
「アルマ~、やっぱりわかんねぇんだけどおぉ」
 当然というか、何というかアルマは聞いてはいない。すでに心はスロールの大図書館へと飛んでいる。
「うん、そう。じゃあ、私は出かけてくるね」
 そう言うと、アルマはバングに一瞥もせずに飛び立っていった。
 そう言われたところでバングにはそんな余裕はなく、さながら、妻に見捨てられた夫の像とでも名づけたくなるような世にも情けない顔をして立ちつくしていた。
 バングにとっては幸運なことに、その横をクラグヴェスカが通り過ぎていく。
「おい、クラグヴェスカ頼む。力を貸してくれ」
 藁にもすがる勢いとはよく言ったものである。しかし、冷静に考えれば同じディシプリンについている者に相談するのは非常に賢明なことである。なぜなら、自分のディシプリンの哲学を本質から理解しているのですから。
「うん? なんだ、何か用か?」と、心底嫌そうなクラグヴェスカ。
「実は、タレント・クライシスになっちまったんだ」
「そうか、ついになったか。空族の師匠を紹介してやろうか?」
「ちょっと待てよ、クライシスから抜け出す手伝いをしようとは思わないのか?」
「それは盲点だな。俺は一番合理的な方法を提案したつもりなのだが」
 しかし、その皮肉にも気付かずバングはすがりつく。
「とりあえず、俺はどうすれば良いんだよ」
「それでは、聞くが、航空士の道を何だと思っている?」
「守護者であり、智者である、規律を守りし者……と言うところか?」
「今までの自分の戦い方がどうであったか。智とはなんであるかをゆったりと考えてみろ」
「智と戦い方?」
「それで無理だったら、いつでも言ってくれ、空族の師匠を紹介してやる」
 だが、その言葉をバングはすでに聞いていなかった。
 更にそれから一週間が過ぎた。その間、バングを見た者はいないが、自殺者が出たと、騒ぐ宿屋も無かったところを見るとまだ生きているのだろう。その間に何度かノエルが訊ねていったそうであるが、返事はなかったらしい。そろそろ、出てこなければ扉を破る必要があるか、そんなことをノエルが思っていると、バングがすっきりした顔をして現れた。
「タレントは元に戻ったのか?」
「ついに諦めたのか?」
 両極端の事を言う二人。しかし、そんな事を気にせずにあっさりとバングは言い放った。「結局は、俺は俺でしかないわけだ。そして、此の斧が間違ってるわけでもない。ただ、使い方に問題があった。そう言うことだな」
「じゃあ、戻ったか確認がてら、一緒に仕事に行くか?」
「おう、当然だ」
 さて、場面が変わって現地。状況は単純。村の者が行方不明になったから捜して欲しいとのこと。捜してみると、シンプルにもホラーに仕える教団員に捕まっているのでした。そして、バングは一言。
「俺が正面から切り込むから、みんなは背後から人質を頼む」
「それがお前の答えか?」
「ああ、俺が矢面に立つことで危険は俺が背負い込める。それに俺は此の斧を振るえるというわけだ」
「まあ、そうやって一致させるのであれば、俺は構わないがな」
 そうして、彼らの伝説にまた新たな一ページが付け加えられた。