ワームトーク 著:トム・ドウド コピーライト1993FASA 「あなたにドラゴンが会いに来ているみたいよ」 あたしは呆然とつぶやいた。 彼はカフェテーブル、あるいはその上に置かれたデータスクリーンにまき散らされた紙から辺りを見回した。あたしは言葉も出なかった。彼の手には切り分けられたピサが積み上がり油を滴らせていた。 「あー」彼は問う。「誰だろうか」 「どうすればあたしは神の名前を知ることができるんですか」あたしは答えた。彼は時々する少し傷ついたような顔をした。「そうか、最初にそれを教えておけば良かったね」 彼は微笑みながら切り分けられたピザをテーブルに置いた。 「もちろんだとも愛しきものよ」彼は腰もおろさず口を開く。「すぐに、すぐに教えてあげよう」 「そうですか?」あたしは手をお尻の辺りに下げた。 彼は眉毛を上げた。「そうだとも」 「そこにくそったれなドラゴンあなたに会いに来てるんですよ」 彼は特に怠惰にに手に付いた油を舐めとる。「うんうん、君はさっきからそう言ってるね」 師はあたしがすぐに手を出さないように言うが、時々・・・。「あなたはあたしに彼を追い払わせたいんですか?」 「もちろん、そんなことはないさ」彼は答える。「何故そのように思ったんだい。それはあまりにも不作法だ。何故そんなことを聞いてきたんだい」 「ドラゴンに対してこの入り口があまりにも小さすぎる気がしたので」あたしは最高に愚かな疑問を口にしていた。彼について知っている期間は短いけれど、このようなことは珍しく明らかに普通ではなかった。 彼は首を傾げ忌々しいことに笑みを浮かべ、「俺は君が知らない様々な方法を知っているのさ」と言わんばかりの表情をしていた。 「何故彼にそんな事をしなければならないんだい」 あたしは肩をすくめた。「素敵ね。なぜでしょうね。まあ修理するのはあなたなので構わないけど」あたしは状況を理解し部屋から離れるために振り向いた。あたしが足を止め彼を振り返ると切り分けたピサを折り畳んでいるところだった。 「うーん、あたしにはドラゴンがなんで室内に入りたがるのか見当もつかないけど、」つい口にする。「彼が入ってくる前に服を着ておいてくださいね」 彼はあたしを見定めるように眺め、自らを見下ろした。 「ああ、俺もそう思っていたところだ。ところで、どうやって彼が入ってくるかわかったのかい」 そして、あたしは彼が必要としている衣装箱を激しくなげつけた。 後退し、立ち止まり、服の居住まいを正し、庭に堂々と歩み出た。彼は自らが着陸した場所に当然のように腰を下ろしており、さながら浅い皿に置かれた奇妙な妖精の輪のようだ。それは蒼銀の鱗が遅い午後の太陽を反射しマックスフィールドパリッシュの絵画の中に入ったように庭園を様変わりさせていた。ドラゴンは間違いなく眼前におり、意識しなければ金魚のように口をパクつかせるところだった。そのように恐れたり、混乱したような動作は望まない。もしあたしがそんなことをしようものなら・・・。 「彼は在宅かね?」そう問うてくる。あたしはそれと話すための準備をしていたけど、着陸した後の最初の言葉を聞いた時点でまだ準備はできていなかった。その言葉はっきりと聞こえたにも関わらずそれは口を動かしていない。全く動かしていない。 まずは一歩前進するために半歩下がる。「あたし・・・承りました、もちろん、もちろん、おります」 「知っているとは思うが、ワシは君を脅かしにきたわけではない」その巨大な頭をゆっくり振りあたしの方に向いた。その瞳には深い知性の輝くがあった。それはその気ならあたしを丸呑みにすることができ、それを正しいこととしてそれをしないかどうかの確証はなかった。 「もちろん、理解しております・・・」 「そろそろ中に入れて貰えるかな。このように尻尾を浮かせておくのも骨が折れるものでな。この素晴らしい庭を傷つけるのはしのびない」 あたしは数階分の高さに保持された尻尾を見上げた。その先には顎がある。そこには巨大な牙があり、そこから立ち去りたく・・・。 「ワシはそこに入って良いのかね、本当に?」奇妙な声が届く。 あたしは見下ろした。ドラゴンは行ってしまった、消えてしまったのだ。その場所には若い男、あたしよりも若い、多分20歳程度で、見た限り非常に美しい青い絹で作られたアラビアンスーツを身につけている。その皮膚は青白く、顔の造形はミケランジェロのダビデのようであった。彼の瞳は鋭い銀で青く煌めくのが印象的だった。あたしは笑い始めた、愚か者のように。 彼は微笑む。「愛しきものよ、また驚かせてしまったようですまなかったな」 あたしはわずかに微笑んだ。「あたしにはドラゴンにそんなことができるとは存じ上げませんでした。」 あたしは愚かなことを口にした。更に自覚なく数歩後ずさった。 彼はあたしの方に歩を進め、指を1本唇にあてる。「誰にも言わないでくれたまえ。秘密というやつだ」 より多く秘密はあるだろうとあたしは思った。大丈夫。ミズーリの件に興味を持たれるよりろくでもないことはないのだから。 屋内の近代的装飾は彼に対する陰謀のようですらある。彼は目についた芸術品の作者について順番に質問してきたけど、特に感心をしめしたのはウォーホル1つだけ。理由は神のみぞ知るというところかしら。あたしは少しでも感心してもらえるように2階に彼を通し、入りやすいように大きく扉を開けた。 彼は楽しげに笑いながら滑るように後ろをついてきた。 「ようこそダンケルザーン閣下」 あたしはそう告げ彼を招き入れた。 そのドラゴンの男は招きに応じて室内に入ってきた。その薄汚れた部屋に。そこではソーセージやペパロニが落ちているが、師は黒のブーツに、洗い晒しのデニムのパンツ、白い麻のシャツという簡単な装いだった。その顔には何のメイクも施されていない。 「お招き感謝する」 師は左手の指を心臓より少し下の胸に触れ告げた。あたしには師がそのような動作をするのは見たことがないし、説明するつもりはなさそうだ。だが、そこに意味があり今は観察できている。このことに神に感謝した。 「ありがとう、ハーレクイン」 ドラゴンは先ほどの動作を繰り返しながら返事を返す。 「ワシは先日の君のキャラハンの結果に従いここに来た」 ダンケルザーンは姿勢を変えず告げたが、あたしはその存在を押し留めたかった、もちろん、彼から秘密にできるものなど何もないのだけど。 ハーレクインはにっこりと笑う。 「何か閣下にお願いすることがありましたか」 俺は彼に黒革のマッシュルームカウチを勧める動作をする。 「お座りになられませんか」 ドラゴンは頷いた。 「ありがたいな」 彼は素早くカウチに座り姿勢を整える。そして、背もたれに体重をかけ微笑む。 「今日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」 ハーレクインは問う。 「私の立場を知っているかね?」 ハーレクインは頷き言葉を返す。 「ワームトークのホストと言うことであれば」 あたしは自らを嘲笑った。ダンケルザーンは覚醒後まもなく国際的なメディアチームのインタビューを受けている。彼はその経験を大いに楽しんだ。特に自ら出資しジャーナリストの相互交流を進め、そのネットワークを用いた自身がホストの番組を要求したのだ。数年間インタビューを行い、その中で長年の興味に従った3つの番組を行ってきた。ハーレクインとあたしはそんな作品の全てを見てきた。ドラゴンは明らかに近代文化に興味があり、その総括的なコメントは多岐に渡っている。ここ二期ほどはジャーナリズムの対立する考え方をとりあげ、その試みを見たあたしの考えではタイトルをワームフードに変えた方が良さそうな状態だった。 ダンケルザーンはニヤリと笑う。 「素晴らしい、その通りだ。ワシは今メディアを虜にするような企画を探している。自由で制約のない情報交換だ。誰か心当たりはないかね?」 「私にはそんな自由な議論をできる方は呼べませんよ。」 ハーレクインは告げる。 「違う、違う。何故ワシがここにいると思っているのだ」 「と、言いますと?」 「わしは次のプログラムに君の参加を頼みたいんだ」 「何故ですか!」 ハーレクインは驚き、脚を跳ね上げた。 あたしは笑いながら、口の前で両手を押さえた。ハーレクインは数秒間あたしを睨みつけてきた。笑ったを後悔していたけど、師が驚くのを見るのはなかなかに愉快だった。 「君が受け入れてくれたなら」ドラゴンは続ける。「素晴らしいゲストになると思うのだ」 ハーレクインは衝撃を受けたように髪の毛をすく。 「私には期待される程話すことはありませんし・・・」 「だが、ハーレクインよ、君はいままで常に最良の語り手だったはずだ。いかにして人類が生き延びてきたかを話せば皆興味を持つ。本当に理解できるかはわからんが・・・」 「ならばこそ、俺には彼らへの言葉などありません」 ハーレクインが話を遮る。 ドラゴンは不思議そうに首を傾げる。 「しかし、彼らにも知る権利があると思わないかね。彼らの世界がどうなっているのかについて」 ハーレクインは深く息を吐き、眉をしかめた。 「俺に何を全て話すことを望まれるのでしょうか。宇宙の無数の秘密を明らかにしろとでも?私にそのように望まれるのであれば・・・」 師はあたしの方に振り向き、腕を伸ばし狂ったように指を振った。 「あなたが望むのであれば・・・」 あたしは示唆する。 「グローバルテレビであたしの中身をぶちまけらろと言うの」 「その通りだ!」 師は言葉と共に指を鳴らし、ウインクをしながらドラゴンに向き直った。 「グローバルテレビで私の中身をぶちまけるなど、再びパンドラの箱を開けるようなものではありませんか」 「確かに」 ドラゴンは言葉を紡ぐ。 「君には彼らがどのように混乱し、どうなるかわかるかね?どのように世界の変化を見るかわかるかね?彼らにこの意味を知る権利があると思わないかね。」 ハーレクインは強く頷き、野性的な所作で部屋の中央に進み出る。 「もちろん彼らはすべきでしょう!ですが、何故彼らに話さなければならないのですか。彼らは自ら志向すべきなのです。そこにこそ楽しみがあるのですから!解決策はそこにあるのです!」 「解決策・・・?」 ドラゴンとあたしは当惑した。 「生命の秘密です、ダンケルザーン。世界は巨大な綴れ織りのようなもの。あなた方は最初その直近に立っていらっしゃる。あなた方はその多くを見、望むなら人生を費やしその一部を解き明かすことすらできるでしょう。中にはその一部ですら十分ではないのかもしれません。彼らが望むなら、一歩下がり絵として眺めることもできます。ついには、彼らは十分な距離を取り俯瞰して見ることができるようになることでしょう。最初から後ろに下がり俯瞰すれば混乱をもたらします。彼らは最初にどこを見ていたのかもわからなくなります。そして、全体像を見誤るのです」 彼は話終わると腕を胸の前で組み、顔には満足げな笑みを浮かべていた。あたしドラゴンに目を向けると当惑したように見えた。 ドラゴンが話し始める。 「君は彼らにある種の警告を与える必要が・・・」 「それはインヴェのことですか?」 ハーレクインが尋ねドラゴンが応える。 「最初にという意味ではそうだ。」 ハーレクインはその考えを振り払うような仕草を返す。 「彼らに関しては考える必要はありません。実際私をしっかり手伝ってくれています。人類は彼らの到来を知りませんでしたが、彼らは見事に撃退しました。私の内部をぶちまけても・・・」 師はあたしに対して頷き続ける。 「人類が早く何かに気づくことなどありえません!徐々に見つけだすことが面白いのです。彼らは時には恐怖を感じながら世界の脅威を知っていくべきなのです。ダンケルザーン、本の最後のページをめくる前に物語の結末を話すようなことはすべきではありません。物語が自ら語るに任せるべきです」 ドラゴンは今は冷めたピザのようだが、あたしは師が失った思考を話すことができた。ついに、彼は立ち上がり頷いた。 「それではワシが頼めることはないな」 ハーレクインは笑い、足元を眺め、頭をふった。 「君の歓待に感謝する」 ダンケルザーンはそう告げるとゆっくりと扉に向かった。 ハーレクインは顔を上げる。 「俺はあなたのゲストのスケジュールに合わせることはできませんし」 ダンケルザーンは眉毛をあげる。 「そんなことは全く必要がない。ワシはダーナッシュシーのレディブランディに君の所在を告げるだけだ」 ハーレクインは固まり口を開く。 「俺は断ったはずです。」 「おや?」 「ダンケルザーン、少なくとも我々はあなたに敬意を持って接してきた筈です。」 「まさにその通りだな」 「しかし、俺はあなたに警告せねばなりません。俺の同朋やあなたの同朋の中には、あなたがすでに話しすぎていると考えている者もいます」 「それで」 「あなたのグレートドラゴンや竜種全体に対するコメントについてです」 ドラゴンは頷いた。 「そう、ワシはいくつか、ああ・・・遺憾の意を表明されている」 「それでも更に話すと言うのですか」 ダンケルザーンは再び頷いた。 「ハーレクイン、君の語ってくれた素晴らしい物語と警告に感謝する」 ハーレクインは微笑む。 「彼らはいずれ動きます。」 ドラゴンは指を胸にあてる動作を行い、ハーレクインも同じ動作を返す、二人は部屋から歩み出ようとする。師は足を止めあたしを呼び止める。 「君も我らが女王との会見には素晴らしい経験が得られるだろう」 「君が継承した誇りが何かわかるだろうね」 あたしは微笑みを浮かべたけど、言われた内容には何も感じなかった。そして同じ胸に指をあて頭を下げた。師は微笑み再度指を胸にあて。 あたしは彼が出た扉を後ろ手に閉め、彼らに背を向けた。 「最悪。あたしは彼と同類なのね」 あたしは悲しくなり呟いた。 「俺も動くか」 ハーレクインは口に出し紙に目を落とす。 「彼は奴らの中では一番筋が通っているようだな。我々が彼らを討ち滅ぼす必要があるなら不名誉なことだろうな」 |