王冠を砕く者達

 その生き物は落ち着いた歩調で、周囲を静かに警戒しつつ歩を進めていた。自分の探すものを決して見逃さぬようその鋭敏な感覚を張りつめて。その鼻が何かの気配を感づき、歩調が変わる。それまでは身を潜めるような静かな歩調であったものが、肉食獣が獲物を狙うようなダイナミックな動きへと変わる。そして、口を開く。
「おっちゃん、その串焼きおくれ」
 そのヒューマンの女性はすでに、3本程様々な串焼きを持っている。だが、まるでそんなことを意に介さずに新たなる屋台で注文をする。
「その手に持ってるのを食ってからのほうがいいんじゃねーのか?」
 そのドワーフの店主は少し呆れ気味で声を返す。しかし、女性はそんなことを意に介さず、言の葉を紡ぐ。
「まあ、気にしないでそれ頂戴。どうせすぐ胃に収まるし」
 そこまで言われると店主も諦めたのか串焼きを受け渡し代金を受け取る。
「まいどありー……って、姉さん多いですよ」
「あ、多い? じゃあ、値段にあうだけちょーだい」
 苦笑して店主は追加分を渡す。それを受け取ると女性は長い白髪をふらふらと揺らしながら歩き去っていく。そんな風に歩きながら一本目の串焼きを平らげる。そして、二本、三本と魔法のように次々と肉が消えていく。外見からすると、それ程の大食漢には見えない。否、多くの者はは食事をしているのかと心配するだろう。それ程までにやせた体つきをしている。だが、その手にあった串焼きは次々に消えていく。そして、一声。
「まあ、腹八分目かな……と、あと、みんなの食べ物買っていかないとな」
 そう言って、女性は歩き始める。その女性の肩をローブを着て肩に一匹の黒猫をのせた男性が軽く叩いた。いや、叩こうとした。その瞬間、女性は一歩前に跳びすさり、即座に振り向く。そして、先ほどまで眠たげだった瞳が鋭く男をにらみ据える。いつでも、戦える猫科の猛獣、そんな雰囲気である。しかし、そんな緊張感も男性の顔を見た瞬間に消え失せる。
 その様な状況にも関わらず男性は慣れているのかの様に落ち着いた表情を浮かべている。よく見ると、その男性は細身でなかなかに整った顔立ちをしている。
 そして、女性はつまらなさそうに口を開く。
「なんだ、アスか」
 そう言われるとアスと呼ばれた男性は苦笑しながらも言葉を返す。
「なんだはないだろう。まあ、お前らしいがなイザーク」
 そんな言葉を意に返さずイザークは尋ねる。
「こんな所で何をしているんだ?」
 アスも慣れているのか全く気にせず返答をする。
「そんな、ここに来る理由は一つしかないだろう? 君と昔のような関係になれないかなと思って、君への愛をささやきに来たに決まってるじゃないか」
 怒りもせず、慌てもせず、イザークは再度問う。
「で、何しにきたんだ?」
 アスは再度苦笑。
「慌てるぐらいしても罰はあたらんだろうに」
「いや、冗談だって解ってるし」
「そうか。もう少しパンチが効いた台詞を考えないと無理か」
 そんな言葉を無視し、イザークは更に問う。
「で、何か用があったんじゃないのか?」
 その言葉で我に返ったのかアスが真面目な顔に戻る。
「最近、奇妙なことがないか?」
 一瞬の沈思後、イザークが返答する。
「あんたが顔を出したことかな」
「他には?」
「……うーん、特にないかな。あ!」
 アスが意気込んで問い返す。
「なんだ、何か思い出したか?」
「こないだ、グリフォンの子供を拾ったぞ。無茶苦茶可愛いから今度、愛でにおいで」
 目に見えて脱力するアス。
「ああ、わかった。とにかく、何者かは知らんがお前達を嗅ぎ回っている連中がいるようだ。気をつけろよ。一応ケイティにそっちに行っておいて貰うから」
「え、まじで!?」
「お行き、ケイティ」
 アスがそう言うと肩の黒猫がイザークの頭の上へと飛び乗る。そして、挨拶するかのようににゃーと一声鳴く。
 頭の上に乗った黒猫をイザークは嬉しそうにわしゃわしゃとなでる。
「久しぶりだねー、ケイティー」
 そんなイザークをアスは苦笑しながら見て、一声かける。
「とにかく気をつけろよ。そして、何かあればケイティに言ってくれ」
「うん、あんがと。じゃ、またな」
 アスは後ろ手に手を振りながら歩き去っていった。 
「変なことね-、ないよなー」
 そんなことを呟きながらイザークはふらふらと帰路についた。

 イザークが宿に戻り動物達と戯れようかと思っていると、仲間達が何か深刻そうな顔をして話し合っていることに気が付いた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
 皆はその声でイザークの帰ってきたことに気づき顔を上げる。
「最近バータータウン近隣の村が立て続けに襲われているんです」
 優しげな蒼い瞳に憂愁をたたえてユーリが答える。
「襲われてるって、この辺は治安良いんじゃないの?」
 空気の布団の上でだらしなく寝そべっていたウインドリングのセティが答える。
「そうじゃ。治安は良い。いや、良いはずじゃった。だからこそ問題なのじゃ。危険になれてない連中が騒ぎ出すからの。しっかり護れと」
「ふーん、そう言うもんなのか。で、どっか行くのか?」
 それに対して目つきの悪い少女、ヘリオが心底馬鹿にしたような口調で問いかける。
「周辺が襲われていて、スロールにはそれを護るだけの兵員はいないのよ。さあ問題よ。どうやって村を護ればいいと思う?」
 その皮肉気な口調を意に介さずイザークはぽんと手を打ち合わせ納得した顔で口を開く。
「そっか、それであたしらに警備の依頼が護ってきたんだね」
「正確に言うと少し違うの」
 きょとんとした顔でイザークは問い返す。
「違うって何が?」
「依頼は警備だけじゃないんじゃよ。ただの野盗ならともかく、そうでなければ原因を排除する。そこまでが依頼何じゃよ」
「それって、無茶苦茶大変じゃないか?」
「ええ、ですが、やらないといけませんし。僕たち以外のパーティーにも話が回っているようです」
「イザークもやるわよね」
 少し憮然とした顔でイザークは答える。
「そうだね、面倒だけど放っておく訳にもいかないしね」
 その言葉に会わせるようにイザークの頭上のケイティがにゃーと澄んだ声で鳴き声をあげる。
 その鳴き声で初めて気づいたのかセティが問いかける。
「その猫はどうしたんじゃ? また捕まえてきたのか?」
「ああ、この子はケイティ。アスの、昔の旦那の飼い猫なんだ」
 3人はその言葉に絶句。そんな3人をイザークは怪訝そうな顔で見ている。
「なんか変なこと言った?」
 そう言いながらケイティの喉をなでている。
 そんな状況を見て3人はなんとか言葉を紡ぎ出す。
「……イザーク結婚してたの?」
「結婚しておったのか、おぬし」
「イザークさん、結婚なさっていたんですか!?」
 そう問われている、当のイザークはきょとんとした声で答える。
「あれ? 知らなかった。まー、どうでもいいじゃん、昔のことだし」
 昨日の天気は晴れだった。まさにそんな言い方である。
 それが嘘くさくきこえないのはイザークの人徳といえるのだろうか。
 最初に衝撃から立ち直ったのはユーリだった。そして、おずおずと手を出し出す。
「えっと、触らせていただいてもよろしいですか?」
「ケイティに聞いて」
「よろしいですか?」
 と、ユーリは問いかけながら手を伸ばす。ケイティは品定めするように匂いを嗅いだ後、許してあげるわとばかりになでやすい場所に飛び降りる。
「ありがとうございます!」と、ユーリはケイティのなめらかな毛皮をなでる。
 ごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らすケイティ。
 そんなユーリを尻目にイザークは店主に軽食を頼んでから、仲間達に向き直る。
「で、どうやって探すの? 適当にうろつくと大変だよね?」
 ひどく怪訝そうな表情でヘリオが返事を返す。
「良く気づいたわね。その通りよ。ちょっと、襲撃された場所を地図にプロットしてみたら法則性があったわ」
「何かの紋章でも書いてるのか?」
「いいえ。バータータウンやスロールにとって交易の要所となっている町や村よ」
 それに補足するようにセティが口を挟む。
「つまり、今回の犯人はスロールの交易網に穴を開けるのが目的という訳じゃ」 
「だから黒幕を、なわけなんだ」
「そう言う事よ」
 それまで、一心に猫をなでていたユーリがはたと顔を上げた。
「まあ、そう言うわけですから行きましょうか? 遅くなる程被害も出やすいわけですから」
 しごくまっとうな顔で言う。手は未だにケイティをなでているのではあるが。
「じゃ、いこっか」
 そう言ってイザークが立ち上がる。それに合わせてケイティはイザークの頭に飛び乗る。しごく残念そうなユーリ。 
 そして、イザークが数歩歩いてからくるりと振り返り、口を開く。
「で、どこにいくんだっけ?」

「平和ですね」
そう平和なのである。スロールの中心付近ということもあり、旅人に対する警戒心がまるで感じられない。
恐らく近隣の村の壊滅を知らないのだろう。あるいは聞いてなお平和を盲信しているのだろう。
そんな彼等をユーリは複雑そうな顔をして見ている。「あの……」
何かを言おうと口を開いたユーリの後頭部にヘリオの杖が炸裂する。
「なにをするんだよ!」
珍しくユーリが声を荒げる。ヘリオは少し不満そうに言葉を返す。
「余計なことを言おうとするからよ」
「余計なこととはなにさ!」
 ヒートアップしかける二人の間に穏やかなセティの声が割って入る。
「人は信じられない者を説明したところで反感しか感じぬよ。洪水の被害にあったことがない者は水害の真の恐ろしさを理解はできんよ」
納得できない顔で口を開きかけるユーリ。だが、その前にイザークのつまらなさそうな声が気勢制す。
「よくわかんないけどさ。犯人をなんとかすればそんなことでもめなくてもいいんじゃないの?」
そして、愛馬シリウスの縦髪をなでる。気持ちよさ気にいななくシリウス。
そんなイザークに毒気を抜かれた体の三人。それをみてチャシャ猫笑いのケイティ。
 だが、そのすぐ後、突然ケイティがイザークの肩を飛び降り、ある方向へと皆を誘う。
「アスに何かあったみたいだね、行こう」
 イザークはそう言うとシリウスにまたがる。それと同時にケイティは先導するようにシリウスの頭に飛び乗る。そして、疾駆。
 まず、我に返ったのはユーリであった。
「早く追わないと!」
 唖然とした声を返すヘリオ。
「でも、馬持ってるのイザークだけよね」
「とりあえず、わしだけは追跡していく。とりあえず、皆は隣村を目指してみてくれ」
 そう言うとセティは普段の怠惰さが信じられない程猛然と飛行を開始した。
 唖然としている残りの2人。そして、はたと気づき慌てて移動を始めた。

 ほぼ同刻。近隣の村。草むらに潜むアス。
「……見つかったのは嬉しいが……俺1人ではな。イザーク達が来るまで時間を稼がないと」
 彼の視線の先には武装した野盗のような者達がいる。何かの合図を待っている、そんな風情である。
 そんな彼らを見つめ、アスがぶつぶつ何か唱え、物を投げる動作をする。その瞬間、男達の足下の石や砂などが荒れ狂う。石や砂に翻弄され、その身を削られる野盗達。
 そんな彼らを見てアスは呟く。「こいつらだけではないんだろうな、きっと」
 先ほどの野盗達はすでに満身創痍で動くこともままならないようだ。アスは、そんな者達の中へと悠然と足を進め、訪ねる。「どういう合図で動き出す予定だったんだ?」
 そう尋ねた瞬間、村の中から悲鳴が響き渡る。
「騒ぎが起きればといわれってたんだよ」
 ふてぶてしく答える野盗。すでに、アスは聞いておらず村中に駆け込んでいる。 そこでは、ひどく奇妙な光景が展開されていた。村人同士が殺し合っているのだ。一瞬の躊躇の後、明らかに狂乱している相手に向かって手を振り下ろす。不可視の衝撃がほとばしり村人が弾き飛ばされる。
「万が一の時には、薬を使ってやるから勘弁してくれよ」
 そんなことを言いながらアスは周囲を見渡す。恐らく、野盗はあれ一組ではあるまいと。
 その予感は当たり、村の別の2方向から蹄の音が響き渡る。アスはただちに近い方へと向かう。
 野盗と邂逅した時にはすでに、村人への虐殺が始まっていた。アスは手近な相手から念刃を解き放つ。
 野盗も愚かではない。その様な邪魔が入れば、まずその邪魔者か排除しようとする。結果、怒号をあげて大挙して野盗がアスに殺到する。
「イザーク、時間は稼いでおいた。後は頼むよ」
 アスが諦め混じりにそんなことを呟いた瞬間目の前に吹雪が吹き荒れる。
「アス! そうあっさり諦めないで手伝ってよね」
 その声の主は、シリウスに乗ったイザーク。シリウスの上にはセティとケイティの姿もある。
「すまんね、向こうの野盗を始末するのに時間が掛かってしまっての」
 目に見えて体の力を抜くアス。だが、1人の野盗が護符でもつけていたのか、奇声を上げながらアスに襲いかかる。
 疾駆するシリウス。跳躍音。そして、野盗に降りかかる爪。アスが野盗に気づいた時にはすでに、野盗はイザークの爪によって血煙をあげて地面に倒れ伏していた。
「無事で良かったよ、アス。シリウス、ありがとなぁ」
 そう言って、シリウスの首をわしゃわしゃとなでるイザーク。それを見てアスは苦笑。
「とりあえず、野盗を捕らえにいくかね。急いでいたので止めを刺しておらんしな」
「その必要はないわ」
 そちらに視線を向けるとその毅然とした言葉とは違い、肩で息をしているヘリオがたたずむ。その背後には困惑気味のユーリ。
「全員止めを刺されていたわ」
「止めを?」
「はい。恐らく蘇生されることを恐れてでしょうが、首と胸に一本ずつ矢が打ち込まれていました」
「……そうか。まあ、ここにいる連中から何か聞き出せば……」
 その瞬間、火球が倒れている野盗の上に降りかかる。そして、爆音。
「可能性があるのは、イザークの爪に掛かったのだけか……まあ、無理だろうがな」
「ごめん、アス。手加減なんて考えもしなかった」
 しおらしく謝るイザーク。
「いや、下手してたら俺が死体になってる所だったからな助かったよ」
「とにかく、怪我をした村人を助けようじゃないかね」

 村人の治療も一段落して、皆が一息入れているそんな時。ケイティがアスの肩に飛び乗り顔をこすりつける。アスも嬉しそうになでてやっている。
 それを見たユーリがおずおずとイザークに尋ねる。
「こちらの男性がイザークさんの昔の旦那さんですか?」
 そう問われるとイザークは躊躇無く答えた。
「うん。彼がアス……」
 紹介の途中でつまるイザーク。それを引き継ぐのが当然のようにアスが言葉を繋ぐ。
「アスカランテ・ケーリセスだ。理論魔術師のディシプリンについている」
「人がせっかく紹介してあげようと思ったのに」
「どうせ、俺の名前忘れてたんだろう?」
 イザークはあえてそれに答えず、紹介を続ける。
「で、あたしの元旦那」
「答えない所を見ると図星だな」
「図星じゃないやい。アスカランテ・ケーリセスだろ。ほら言えるもん。ちょっと詰まっただけだもん」
 そんなことをやいやいと言い合う2人を見ながらヘリオがぼそりと呟く。
「仲良いわよね」
「そうじゃの」
「じゃれてるようにしか見えませんもんね」
 そんな言葉を聞いてアスが3人に目を向ける。
「イザークといると今でも楽しいし快適だが、まあ、色々とね」
 憮然とヘリオが問う。
「何で別れたのよ?」
 一瞬の逡巡の後イザークが答える。
「わすれた」
 当然視線はアスへと向かう。
「女性が答えたがらない者を男の口から言うわけにはいかないな」
「いいじゃない、教えてくれても」
 珍しく困った顔のイザーク。アスはそう言えばと言い、別のことを口にする。
「そう言えば、野盗の口を封じた射手を見なかったか? 恐らくそいつが黒幕だろう」
 セティがそれに落ち着いて答える。
「残念ながら見ていない。ただ、最後の火球を撃ってきたの相手は身長が少し低かったような気がしたの」
「そうか。とりあえず、もう少し巡回をしてみてくれ」
「うん、オッケー」
 釈然としない顔で問い返すユーリ。
「なんで、僕たちが村の壊滅事件の巡回をしているとご存じなのですか?」
 それに対してイザークが何でもないことのように答える。
「アスって、スロール軍で働いてて、外注をやってる人だし」
「そう言うことだ。イザークと最初に会ったのも仕事だったなぁ」
「どうでも良いことを回想してないで、さっさと仕事に戻ったら」
「そうさせてもらおう。では、また会うこともあるだろうが、それまでね」
 そう言うとアスは足早に立ち去っていった。
 アスが立ち去るとイザークも立ち上がり口を開く。
「さてと、巡回に戻ろう。黒幕は逃がしちゃったし」
 だが、他の三人から返事がない。
「やっぱり、旦那さんよりケイティさんとばっかり仲良くしたんじゃないですか?」
「いえ、きっと野生に呼ばれてしばらく帰ってこなかったのよ」
「旦那の方が仕事一筋だったのかもしれんぞ」
 そんな3人を唖然と見つめた後イザークはふらっと部屋から出ていった。
「行くよエウレカ。ご飯にしような。シリウスの足も一応見ておかないと行けないしな」

 その後、パタリと謎の襲撃事件は収まることになる。だが、周囲の村落にとっては解決していない危険な事象は不安をより深め、スロールへの突き上げはより強くなっていくのであった。