大地の夜明け


 遙かな太古の昔。歴史にはその影すらとどめず、神話にその一端をとどめるような太古の昔。世界には魔力が満ちていた。
 満ちたる魔力は人を助け、生活の様々な面を快適にした。そして、多くの力をもたらした。だが、世界に満ちた魔力が最高潮に達した頃一つの悲劇が起きた。
 その魔力は、世界、いや次元の壁を曖昧にした。その為に、我々の次元と比べ、より暗く恐ろしい世界から招かざる客人を訪問させることとなる。
 その客人は、圧倒的な力を持ち人の恐怖を喰らう闇の使者。人は誰ともなくそれらをホラーと呼び出すこととなる。
 多くの英雄が、家族を、世界を、多くの人々を護る為にホラーに挑んだ。中には勝利した者もいた。だが、多くの者は敗北し、ホラーを葬り去ることは絶望的ですらあった。
 だが、そんな時代を予見した学者がいた。彼はホラーとは戦うべきではなく逃げるべき対象であると考え、避難所の研究を始めていたのだ。そう、世界がホラー等というものが絵本の悪夢だと考えていた時代に。
 一人の学者は、黙々と研究を進めた。そして、時と共にその考えに共鳴した多くの学者や魔術師が研究に協力し、多くの英雄が必要な物を集める為に奔走した。この集団は「基盤」を意味するセラと言う言葉を名として受け取ることとなる。
 膨大な時間、膨大な人、膨大な労力を費やしてセラは研究を進めた。そして、数百年の月日を掛けて防護の技術を完成させた時、すでにセラは変貌していた。
 セラは周辺の諸国にこう呼びかけた。「護って欲しくば、我らに隷属せよ」
 多くの者は他の延命策を探し、多くの英雄はホラーに挑んだ。だが、その全ても徒労に終わった。
 そして、大半の者はセラに従属し、後に<大災厄>と呼ばれることとなるホラーの来襲を生き延びることとなる。
 だが、その期間は500年。辛く暗い時間を過ごすこととなる。護られた穴蔵で、全人生を終える者もいる。だが、それによって世界は滅亡から救われた。
 避難所であるケーアから、外に出た時人々は期待に満ちていた。どこまで広がる青い空。青々と茂る森、野原を駆けめぐる動物達。そんなものがいると吟遊詩人達に聞かされてきたのだ。
 だが、外に出た時にそんなものはなかった。あったのは、ホラーに蹂躙された荒野のみであった。
 そこで、諦める者もいたが諦めない者もいた。そうでない者もいた。穴蔵に閉じこめられなくなったのだ。いくらでもやりようがある。そう考え、彼らは植物を植え、今まで飼っていた動物を増やしていった。
 100年の時を経て、世界は再び自然が満ちた場所となった。ついに、大地の夜が明けたのだ。
 これは、そんな時代に、世界の為に生き抜いた英雄達の物語。
 この世界のほんの片隅。バーセイブと呼ばれる地方での物語。
 バーセイブ。そこでは、かつて伝説が生み出され、いまだに伝説を産み続ける魔法の土地。そして、いまだに伝説的な土地の存在する、不思議な場所。
 死の力を司るデスを封じるために、溶けた溶岩に覆われた<デスの海>。
 そこでは、死せる生き物が腐敗の中生者のごとく徘徊せし<毒の森>。
 全身に棘を生やした奇怪なエルフの統べる<鮮血の森>。
 人知を越えた存在、ドラゴンの住まいしドラゴン山脈。
 その様な場所がいたる所に点在する地バーセイブ。
 その地の宗主国たるドワーフ王国、スロール。
 そんな地、バーセイブにて物語の扉は開かれる。

 一人のヒューマンの男性が荒野を歩いている。その体には皮のヨロイと剣を身に纏っているが表情はひどく幼い。せいぜい15才程度であろうか。だが、その反面強い決意を感じさせる硬い表情がその顔にはある。
 そんな彼を背後から呼び止める声がする。
「おーい、そこのにーちゃん、まってくれよー」
 怪訝そうに振り返る少年。その視線の先にいたのは頭に奇抜な色のとさかをつけた二足歩行をするトカゲ。そんな存在が武具を纏い走ってきた。
 それを見た時、少年はとっさに剣を抜いた。
「旅は道連れ、世は情け……って、おいおい、落ち着いてくれよ、何もしねーから剣を納めてくれよ」
 にじりと一歩下がる少年。トカゲはそれを見て朗らかに口を開く。
「おいおい、同じ<名づけ手>じゃねーか。そうぴりぴりすんなよ」
「……<名づけ手>……あ!? トウスラング!」
 そう叫ぶと、少年は即座に剣を納め、バネ仕掛けのように頭を下げる。
「すいません、僕はトウスラングの人とお会いしたことがなかったので、驚いてしまって」 そう聞いて豪快に笑うトウスラング。
「なーに、良いって事よ。で、だな。せっかくだし、しばらく一緒に旅をしねーか。一人よりも二人の方が安全だしな」
「はい、喜んで」
 ここで、1つ説明せねばなるまい。<名づけ手>とは何かについて。
 世界には大別すると二つの生き物がいる。ものに名を与えられる生き物と与えられない生き物だ。
 名を与える事には大きな意味がある。この世界では魔力は固有の名前と密接に繋がっている。力を持つには名前が必要なのである。つまり、名を与えられると言うことは世界に魔力を付与することに他ならない。
 もちろん、名を与えられれば山すらも断ち割れるようになる、と言うわけではない。だが、名前がその全ての最低条件であることは事実である。トウスラングもヒューマンもそんな<名づけ手>の一員である。
「で、お前さんの名前はなんて言うんだい?」
 少年がそれに答えるより早く、再度トウスラングの男性が口を開く。
「おっとぉ、俺が名乗る前に名前を聞いちゃあ礼儀違反だったな。俺は未来の大英雄、剣匠のイエルギスってんだ、覚えておきな」
 その名乗りを聞いて少年も相手を悪人ではないと思ったのか、にっこり笑って自己紹介をする。
「僕は、武人のディシプリンについている、ユーリって言います」
 そして、几帳面にぺこりと頭を下げる。
「武人の……ってことは、アデプトなのか」
「ええ」
 魔力がみちたる世界である。その魔力を自らの意のままに操るものを総称してアデプトと呼ぶ。
 もちろんその中には魔術師と呼ばれる者もいる。だが、それだけが魔力の使い道ではないのだ。
 普通の人間が剣技を身につけようと考えると剣を振るう訓練をする必要がある。だが、アデプトは違うのだ。魔力を操り剣を敵に導くすべを身につける。それによって剣を振るう。ゆえにアデプトは短期間で一般人を凌駕し英雄への道を歩むこととなる。
 だが、誰もが同様に魔力を、導くわけではない。その魔力の使い方の差によってディシプリンと呼ばれるものに別れている。これは、いわば彼らの極めるべき道である。
 イエルギスの剣匠というディシプリンは名前の通り巧みに剣を扱う道である。彼らの戦いは華麗なる戦いであり、勝利の為に手段を選ばなくなれば道を失うことになる。
「そういや聞き忘れてたが、ユーリはどこを目指してるんだ?」
 そう問われて説明していないことに気づいたユーリは少し慌てた口調で言葉を返す。
「僕はスロ-ルに冒険納めしに行く所です」
 それを聞くとイエルギスは嬉しそうに手を叩き言葉を返す。
「そいつあぁ、奇遇だな。俺もそうなんだ」
「そうですか。では、スロールまでよろしくお願いしますね」
 自分たちの冒険を互いに話し、様々な知識を深め歩を進めていく。
 そんな風にのんきな旅も1つの村に行き当たった所で終わる。
「……そこで、俺は言ってやったんだよ。その手にあるものを本当に使えるのかい? お家に帰って料理でもしてた方が似合ってるぜ。そう言ったら……」
 イエルギスのテンポの良い語りをユーリが鋭い声で遮る。
「イエルギスさん。あの村……おかしくないですか?」
 その切迫した響きに気づいたのかイエルギスも語りをやめ村を観察する。
 煮炊きの煙はなく、当然あるべき自然な喧噪もない。村が死に絶えたか、物忌みか。
「確かに、静かすぎるな」
「行きましょう!」
 その言葉と同時に走り出すユーリ。
「おう」
 遅れまじと追随するイエルギス。
 村に着くと鼻につくは腐臭。怖いような無音。そして、荒らされた気配のない家屋。死んだ気配を漂わせながら奇妙な生活感残るおかしな村。
 心なしか青ざめた表情のユーリ。
「……全滅、でしょうか」
「……決めつけるのはよくねーだろ。一応探そう」
 村を捜索する二人。家々を覗き、道を歩き回る。
 だが、しばらくすると、奇妙なことに気が付く。腐臭の源が見つからないのだ。村に立ちこめる腐臭から至る所に死体があるか、死体が歩き回っているとしか考えられないのだが。
「奇妙だな……死体もないし……それに」
 逡巡。それを打ち破るようにユーリが口を開く。
「何かの気配はある、ですね。ですが、僕たちから隠れているという感じでもないですよね」
「ああ、だから、気持ち悪いんだが」
 そんな違和感を感じ始めた頃、少し離れた場所から争いの音が聞こえ始めた。二人は何も言わず顔を見合わせ頷きあうと走り出した。
 腐臭と剣戟の音。その二つを目印に二人は走った。そこでは腐敗した数十のものに囲まれる3人の生者と言う奇妙でおぞましい光景が繰り広げられていた。
 青ざめた顔に強すぎるような決意を漲らせユーリは静かに剣を抜く。それとは対照にどこか嬉しそうに剣を抜くイエルギス。そして、一声。
「加勢するぜ!」
 斬撃。生者であれば苦痛によろめき戦意を喪失かもしれない。だが、相手は生者ではない。そして、それを肯定するかのように、村人に囲まれているうちの一人。目つきの鋭いローブを纏ったヒューマン女性から鋭い叱責がとぶ。
「馬鹿。 そいつらはカタヴァーマン、中途半端な攻撃は相手を暴走させるのよ。やるなら、一撃で決めなさい」
 その言葉に目に見えて慌てるイエルギス。
「そ、そう言うことは先に言ってくれよ」
 その言葉を聞いたわけでもないだろうが今斬られたカタヴァーマンが猛然と手にした鍬を振り回させる。それに伴い周囲にはカタヴァーマンより振りまかれる腐汁が飛び散る。
 腐汁に顔をしかめながら冷静に相手の攻撃を裁いていく。恐ろしいのは腐汁ではない。明らかに生者の限界を超えたスピードで繰り出される鍬。だが、こちらもただの人ではない。常識では考えられないような動きで避け、剣で払い、切り伏せる。流れるような一連の動作によって相手を再度動かぬ死者へと叩き戻していく。
 ユーリはまるで自らの命を軽視しているかのように相手のただ中に切り込む。彼の攻撃は防御をかなぐり捨て一太刀で終わらせるというような暗い執着が見え隠れする、その強き意志の賜か相手の打撃にも静かに耐え、黙々と攻める。
 包囲されている3人とて、おとなしくやられているわけではない。イエルギスを叱責した女性は何か禍々しい存在を右手に集め、それによって死者を薙ぎ倒す。
 エルフの男性はイエルギスと同様に剣で相手の攻撃をいなし、着実に屠っていく。もう一人いるローブを着たエルフは特に何をするでもなく泰然と仲間の活躍を見守った。その姿は手持ち無沙汰にも尊大なるまでの自信にも見える。そんな風情だ。
 かくして、30人程もいた生きる死者達は再度、ただの死者へと戻ったのだった。全身傷だらけで腐汁にまみれた汚らしい姿。だが、少なくとも彼らには一息つく余裕が残っていた。
 その状況でやっと5人は互いに自己紹介することとなった。まず、口を開いたのは剣匠とおぼしきエルフの男性である。
「私の名はアライアン=シュトラウ=ス。偉大なる剣匠です」
 それに嬉しそうに答えるはイエルギス。
「ってことは、ご同業だな。俺も剣匠をやってるイエルギスってもんだ」
 そして、背中をばんばんと叩く。それにしごく嫌そうな顔をしてするりと体を離し口を開くアライアン。
「同じにして貰っては困りますね。私は偉大なる英雄となる者ですよ」
 そんな拒絶の動きもどこ吹く風。イエルギスは飄々と言葉を返す。
「それは、俺だって一緒だ。仲良くやろーぜ」
 そんな会話を冷笑的に見ながらヒューマンの女性が口を開く。
「あたしは生と死を見極める異界魔術師ユーディーよ」
 それを継ぐように、落ち着いた雰囲気のローブのエルフが口を開く。
「私は虚偽を操る幻影魔術師のディシプリンに付いておりますサイアス・ルーシュと申します」
 そこまで言われてユーリが言葉を返す。
「僕は武人をやってるユーリって言います。今からスロールを目指しているんですが、もし方向が同じでしたら一緒に行きませんか?」
 その言葉にユーディーは一瞬黙考し、すこし微笑むよう唇をあげ、冷たい声を返す。
「そうね、私たちもスロールを目指してるわ。あえて断る理由もないわね」
 かくして、運命に導かれ5人は出会うことになる。この先彼らがどうなっていくかは誰にも解らない。されど、全ては歴史に刻まれていくことになるだろう。