あるアデプトの微笑み


 盗賊都市クラタス。盗賊達が暗闘を繰り広げ、その為にまっとうなキャラバンなら避けて通るような危険な都市。そんな都市の裏町を場違いな女性が歩いていた。
 場違い、と言って服装のことではない。その女性の服装は良く使い込まれ随所がすり切れていながらも丁寧に手入れされているバディットレザーアーマー、その上から良く使い込まれた頑丈そうなマントを羽織っている。そして、足下も頑丈ながらも動きを阻害しないであろうなめらかな皮で作られたズボンとブーツ。そして、それとは好対照に鮮やかな金髪。
 この様に容姿は優れているがみすぼらしい格好をしている者などこの都市にはいくらでもいる。場違いなのは雰囲気である。強き意志を感じさせる歩き方。それでいて、慌てぬゆったりとした歩調。その動きは優美ですらある。そんな姿がこの薄汚れた都市にはひどく似つかわしくない
 この異質感も、自己というものを確立させた者だけがもてる一種の余裕とも考えられる。だが、そう考えない者もいる。良いところのお嬢さんが愚かにも裏町に遊びに来ている。そう考える者もいる。そして、そんな者はおおむね、同じような反応をする。
「よぉ、姉ちゃん。何か捜し物かい? 俺たちが案内してやるぜ?」
 女性を囲む4人程のちんぴら。女性は声を掛けられて初めて4人に気づいたような顔をする。そして、ふっと、何かを懐かしむように顔をほころばせる。
「笑ってんじゃねよ。それとも喧嘩をうってんか!」
 その笑みを嘲笑と受け取ったのか声を荒げるちんぴら。それを見て女性は表情を引き締め口を開く。
「失礼しました。あなた方に対してどうというわけではございませんが、少し昔の事を思い出しましてね」
 その丁寧な口調にちんぴら達はやはり、お嬢だと感じ下卑た笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺たちが……」
 それを遮るように女性は口を開く。
「ですが、私の捜し物はあなた方がどうこう出来るものではございませんので、お引き取り願えますか?」
 それに色めき立つちんぴら達。何か言い返そうとする前に女性が再度口を開く。
「さもなければ力ずくでもお引き取り願うことになりますよ?」
 その言葉と同時にマント翻し、拳を前に出した戦う体勢を整える。彼女の腕は手首から肘ぐらいまで白銀のような金属で作られた腕甲に包まれ、それには所々、内から淡く紅色に光る宝石が散りばめられている。
 その気迫に気圧されながらもちんぴら達は剣を抜き、威勢の良い声を上げる。
「なら、やってもらおうじゃねーか。こっちも力ずくで行かせてもらうぜ」
「では、その様に」
 そう言った瞬間女性は弾かれたように飛び上がる。華麗な回し蹴りが閃く。それによって先ほどまで話していた男が弾き飛ばされる。そして、足を振り切ると今度はその軸足が横にいた男を襲う。再び重い音。男達は昏倒する。それを見て我に返った残っている片割れが女性に斬りかかる。だが、女性はその攻撃を流れるようなバックステップでかわす。その後瞬時に踏み込み、重い拳をその男のみぞおちに叩き込む。そして、最後の一人に向き直ると静かな声で問いかける。
「さて、まだやりますか?」
 もちろん、その男にそれ以上やり合う気概など無く一目散に逃げ出した。それを見送ると女性は軽くため息をつき口を開く。
「……私もまだまだですね。捜し物が見つからないからと行って八つ当たりするなど」
 そう言いながら彼女は遙か昔のケーアの名残である廃墟へと入っていった。まるで、歩き慣れたような場所を歩くような静かな足取り。しかし、見る者が見れば彼女が恐ろしく緊張していることに気がついただろう。
 そんな永遠にも続くような緊張した時間がしばし続いた後誰何の声が暗い廃墟にこだまする。
「……誰だ?」
 それを待っていたのか女性は落ち着いた声で返答をする。
「蒼き刃のセレネイさんの紹介を受けてきた者です。ご連絡は受けていらっしゃいますか?」
「……セレネイの……紹介状はあるか?」
 女性は問われると胸元から一枚の書状を出し声の主に近づこうとする。
「……おっと、悪いがこっちに投げてもらえるか?」
 女性は歩を止め声の場所に正確に書状を投げ込む。紙を開くがさがさという音がした後再度男が口を開く。
「確かに。奥に入りな」
 そう言うと同時に、男の気配が消える。その気配の合った方向に女性は一礼すると再び歩み始める。そして、歩を進める。
「おっと、ここだ、ここ」
 歩んでいる女性の横から年老いたエルフの声がする。それに合わせて女性は歩を止め、そちらへと体を向ける。
「貴重な時間を……」
 それを遮るように老人が口を開く。
「くだらん礼儀はどうでも良い。聞きたいことはなんだ?」
 一瞬の躊躇。そして、決意。女性は口を開く。
「ウインドリングのウロックスについて。彼の見つけた<鱗の書>についての情報を頂けますか?」
 息をのむ気配。おそるおそると言った風情で口を開く。
「……あれが何か解っているのかね?」
「分からずに探し求める程愚かではないつもりです」
「あんな物を何に……」
 それまで緊張感を讃えるだけであった女性の目に寂しげな光がよぎる。
「それは言えませんが……必要なのです。言わなければ教えて頂けませんか?」
 そう言われて老人は自分の立場を思い出したのか首を振り言の葉を紡ぐ。
「そんなことはありゃせん。もらう物は貰った。いくらでも教えてやる……だが、その若さで何が……」
 わずかに声を荒げ女性が返答をする。
「……私などどうでも良いのです。重要なのはあなたが知っており、私がそれを必要としていると言うことです」
「……そうだな。いらぬせっかいだな。年を取るといかんよ。さて、ウロックスじゃったな。奴は多くの子供を殺した後自殺した。ここまでは知っておるな?」
「ええ、書の呪いだという話ですね。私が知りたいのはその書がどこから現れどこに消えたかです」
 言うべきかどうか迷うような一瞬の間。そして、老人が再度口を開く。
「どこに行ったかは知らん。そもそもウロックスが本当に持ち帰ったかどうかも謎じゃ。奴の荷物から該当する物は見つからなかったのでな」
「……消えてしまったと言うことですか?」
「わからぬ」
 女性が軽くため息をつく。重要な情報が手からこぼれ落ちていったかのような落胆。
「だが、クラタスに戻る前にどこに行ったかは分かっておる。それは、サンダー山脈。謎多き山じゃ」
 ひどく疲れたような声で老人はそこまで言い切った。しばしの沈黙。その後女性が口を開く。
「彼自身の作ろうとしていた<鱗の書>も見つかっていないのですか?」
「……それは見つかった。だが、あれは燃やされたよ。本来あんな物はこの世界にあるべきではない」
「……そうですか」
 他に聞くことがなかったかと目を伏せ沈思。そして、再度口を開く
「貴重な話ありがとうございました。では、失礼いたします」
 そして、女性は元来た道を戻ろうとする。その女性に老人は迷った末に声を掛ける。
「あれを破壊するつもりなら望むことだ。だが利用するつもりならやめておきなさい。あれは……<名づけ手>を狂わせる」
 その声を耳にした女性は振り返りもせず、小さな声で呟いた。
「……そんなことは解っています。それでも必要なことであれば……引くことはできないのです。どんな犠牲を払おうとも」
 女性は決然とした足取りで歩み去る。光の当たる街路を目指して。
 地下から出た瞬間には刺すように感じられた光も目が慣れれば曇天の中の薄ぼんやりした光にすぎない。
「もっと嬉しいかと思っていましたが……それ程でもないですね」
 長の年月探し求めていた物の有望な情報が手に入ったのだ。本来であれば嬉しくないはずはない。だが、心は暗く沈んでいる。
 バーセイブ最強の生物、グレートドラゴンに挑もうとしているのだ、手段を選んでいる余裕はない。それでも、邪悪なるホラーの力を借りることに抵抗を感じてしまう。自分は何か間違っているのではないだろうか、そう感じてしまう。
「それでも、あんな事を繰り返させるわけにはいきません……例えこの身に変えても」
 そう考えた時、一人の獣使いの顔が浮かんだ。話してくれれば協力すると涙ながらに訴えてくれた獣使いの顔が。そして、自嘲的に笑う。
「あの方は、こんな事をしている私をみたらどう思うんですかね」
 そう言いながらも、変わらず微笑んでくれる事を切望している自分がいる。そして、それを諦めている自分もいる。
 そんな暗く沈み、限りなく落ちていくような思考をしていると横合いからひどく脳天気な男性の声がした。
「やほ~エリザ、元気ぃ~?」
 確認するまでもなく誰か解る。先ほどまで心に浮かんでいた男性の声だ。自然と頬がほころぶ。そして、振り向きエリザも言葉を返す。
「……あら、レラさん、奇遇ですね」
 そこで彼女はふと思い出す。以前レラと別れた状況を。決して素晴らしい別れではなかった。その瞬間、戦士としての自分が立ち上がり、静かに重心を整える。
 レラはそれに気づいたのか気づいてないのか自然体のまま言葉を返す。
「うん、奇遇~。ん?何にもするきないよぉ。エリザの怪我が大丈夫か気になっただけだから。お仕事の邪魔なら僕は去るけどぉ~」
 その邪気のない言葉と微笑みにつられエリザも微笑みを返し、自然体に戻る。
「仕事、と言う訳じゃないんですけどね。ただの調べ物です。怪我などもう完全に癒えてますよ」
 そこで、ふと気づく、レラの連れている仲間を。以前ドラゴンの面倒を見ていた少女がいる。彼女はかつて優しそうな瞳に決意を込めてこう言った。戦いたくはない、しかし、護る為に戦う。確かにそう言った少女だ。立場が逆なら自分も同じ事を言っただろう。そう考えると胸が締め付けられるように痛む。
 自分はまだ、引き返せるのかもしれない……だが、それでも引き返せない自分がいる。仲間に自分のことを紹介していたレラがこちらに視線を向ける。それに答えるように口を開く。
「レラさんは何故クラタスに?」
「お仕事~んとねぇ、知り合いに物運びを頼まれただけ~」
 仕事なら引き留めるわけにも行かない。エリザは落胆混じりにそう思った。
「そうですか、では、邪魔をしても何ですので私は失礼しますね」
 別れずに泣きつきたがっている自分がいる。だが、それを行えば二度と自分は立ち上がれないだろう。だが、足が思うように動かない。そんな考えに支配されているとするっと口から言葉が出てきた。
「もし、お仕事が終わってからお時間がよろしければお茶でもどうですか?」
 たぶん、今の自分はトマトみたいに真っ赤なのだろうな、と、客観的に自分を見ている自分がいる。
 その言葉にレラは満面の笑みを浮かべて返事をする。
「あっうん、是非~♪」
 彼の仲間から冷やかしが入るがそんな物は一切耳に入っていないようだ。それを見てエリザは少し救われた気分になる。
「美味しい店知ってるなら紹介して~、お給料はいれば懐に余裕あるから奢るよ~」
 少し胸を張ってレラが主張する。それに対してエリザも慌てて声を返す。
「悪いですよ、そんなの。でも、美味しいお店は知っていますので楽しみにしていて下さいね」
 自分の声は不安に振るえてないか、ふと不安になる。だが、そんな不安とは無関係そうにレラは言葉を紡ぐ。
「うん、楽しみにしてるね」
 その言葉にエリザは自然と笑みを返し待ち合わせ場所を口にする。
「待ち合わせ場所は黄昏の光亭でよろしいですか? そこの角を表に出たところです」
「うん、そこでいいよー」
「では、明日のお昼にまたお会いしましょう」
「またね~」
 エリザは静かに一礼すると自然軽くなりそうな足取りを平静に抑え自分の泊まっている宿を目指す。
 レラと合う以前に考えていた暗い考えはなりを潜め翌日の事ばかりが頭に浮かぶ。レラに好き嫌いはあるのか、どんな格好をしていこうか。そんなことが取り留めもなく頭に浮かぶ。
 そこでふと気になる。美味しかった店には昔行ったきりである。まだあるのか定かではない。そこで、古い記憶を呼び起こし探しに行ってみることにする。
 そして、その店は確かに記憶の場所に存在していた。外観もさほど変わらず店はそこに残っていた。
(前にここへ来た時は家族と一緒でしたっけ。色々な場所を対することを無邪気に喜んでいて……アデプトになることなんて欠片も思っていませんでしたね)
 かつて、彼女がここに来た時は両親はキャラバンを率いる商人だった。そして、エリザはその二人に可愛がられるただの愛らしい少女だった。そんな生活が彼女の運命を大きく変えた事件が起きるまで続いた。
 そこまで考えてエリザは大きくを頭を振る。
「思い出しても仕方ないですね。宿に戻りますかね」
 そして、エリザは帰路についた。今は悲しいことは忘れておこうと誓いながら。
 翌朝、目を覚ましたエリザはぼうっと何を着ていこうか考えていた。そこで、ふと気づく。自分が今持っている服が鎧の下に着る為の数枚のアンダーウエアだけであることに。
「……まさか、鎧で行くわけにも行きませんよね。せっかくですし、久しぶりに服を買いに行きますかね」
 自分にはどんな服が似合うか、最近は筋肉がついてきたから袖は長い方がいいかな、などと普通の少女のようなことを考えながらエリザは洋服屋を探した。
 そんな風にエリザが取り留めもなく考えながら歩いていると絹を裂くような悲鳴が街路にこだました。治安悪き街クラタスだ、ひどく珍しいわけではない。だからといって見捨てることができるわけでもない。即座にエリザは走り出した。
 そこにあったのは少女から何かを取り上げているちんぴら達。即座にエリザは声を上げる。
「何をやってるんですか、恥知らずな!」
 そのちんぴらには、どこか見覚えがある……そう、昨日の昼間叩きのめした者達だ。そこまで、エリザが考えた時ちんぴら達は一目散に駆けだした。勇猛なる女性から逃げ出す為に。4人が4人とも違う路地に入らる、その時点でエリザは追跡を諦め少女に駆け寄る。そして、膝をつき少女と目線を合わせ口を開く。
「大丈夫? どこか痛いの?」
 少女は涙に濡れた顔を上げ首を横に振る。しかし、少女は泣きやまない。
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
 柔らかい声でエリザは更に問う。
「……腕輪を取られちゃったの。ママのなの」
 そう聞くとエリザは手をさしのべて口を開いた。
「じゃあ、お姉さんが探してあげる。行こ」
 少女はその手を不思議そうに見て問いかける。
「……でも、お金無いよ。お礼出来ないよ?」
 エリザは少し悲しそうな顔をしながらも明るい声を出した。
「あたしはね、あなたが笑っていて欲しいから手伝うのよ。お礼なんて考えなくて良いのよ」
「……本当? 腕輪もあげないよ」
「本当よ。あたしが手伝っちゃダメかな?」
 そう言われて少女ははにかんだ様な笑みを浮かべて首を横に振る。
「ううん、そんなことないよ。ありがとう!」
 と言っても、探す方法は足である。逃げていった方向に向かい聞き込みをする。脅す、なだめる、泣きつく、そんなことをして話を聞いてると例の4人組は悪名高い連中らしい。
「……なかなか見つからないね」
 少し悲しそうに呟く少女。
「もう少しだよ。大体の居場所も掴めてきたし」
「本当!?」
「もちろんよ」
 その言葉に偽りはなかった。立ち回り方や、立ち回り先、良く行く故買屋、そんな物を聞いていけばおのずと行き先は見えてくる。恐らく散り散りに逃げた後どこかに結集して売りに行くのだろう。そこを待てばいい。そして、思惑通りくだんの故買屋の前で街失せしていれば4人はやってきた。
「お待ちしていました。腕輪を返して頂けますか?」
 冷たい笑みを4人組に送るエリザ。逃走しようとする4人組。だが、それを予想していたエリザは流れるように4人を薙ぎ倒す
(……浅い!?)
 そのうちの一人が即座に立ち上がり少女を捕らえ刃物を向ける。
「姉ちゃん悪いけどよ。おとなしくしてもらうぜ。さもなきゃこの子がどうなるか考えな」 下卑た笑みを浮かべながら男が口を開く。だが、それをみてもエリザは泰然とした態度を崩さない。
「……あなたにできるんですか? この距離ならあなたよりも私の拳の方が早いですよ?」 その言葉に男は一瞬ぎくりとしながらも言葉を返す。
「そんなことを言って騙そうたってそうはいかねぇぜ!」
 それに応えるようにエリザはうっすらと微笑む。
「……嘘だと思うならそれでもいいでしょう。ですが、その子を殺してごらんなさい。死ぬことが甘美に思えるよう苦痛を与えてあげますよ?」
 その表情に気圧される男。すでに、人質は優位でも何でもない。そんな、狼狽をしているとエリザが無造作に一歩歩を進める。
「……それでどうします?」
 その言葉に後押しされたかのように男は少女をエリザの方へと突き飛ばし脱兎のごとく逃げ出す。エリザは常人離れした跳躍力で男を飛び越え、即座に足をふり戻す。ごすっと言う嫌な音と共に男は倒れ伏す。
「さてと、腕輪を取ったのはどのおじちゃん?」
 エリザは普段の落ち着いた笑みを浮かべ少女に問いかける。今まで呆然としていた少女は、最後にエリザに蹴り倒された男を指さす。エリザは無造作に男の懐を漁り腕輪を取り出し少女に返す。
「これで合ってる?」
 嬉しそうに少女は大きく首を縦に振る。
「うん、お姉ちゃんありがとう!」
「おうちには一人で帰れる?」
「大丈夫だよ」
 そう言って駆け出す少女をエリザはほほえましそうに見守った。
 そこで、ふと気づく。自分の影が短い。否、ほとんど足下にわだかまっていることに。
「……レラさんとの待ち合わせ!?」
 かくして、今度はエリザが脱兎のごとく駆け出すこととなる。
 所変わって黄昏の光亭の前。そこに着慣れない綺麗な服を窮屈そうに来ているレラが手持ち無沙汰に待っていた。
 そこへ、息を切らせながら駆け込んでくるエリザ。
「す、すいません、遅れてしまって」
 息も絶え絶えであるにもかかわらず、一気に言い放つエリザ。それに向かってレラはにっこり笑って言葉を返す。
「ううん~、今来たとこだよ~」
 そこで、エリザはレラの服装にふと気づく。普段のぼろぼろの格好とは全く違う整えた服装。それに引き替え自分は旅の姿のまま。そこまで考えエリザは自嘲的に笑う。気配りの足りない女だと思っているんだろうな、と。
 そんなところにレラが再度声を掛ける。
「どうしたの? 本当に今来たところだよぉ」
 だが、その足下には無数の何かの食べかすが散乱している。それに気づきながらもエリザはその好意に甘えることにし、口を開いた。
「そうですか、良かった。では、行きましょうか」
 そう言ってエリザが案内したのはクラタスにしては珍しい落ち着いた感じの建物。恐らく<大災厄>以前の建造物に多大な労力を注いで改修したのだろう。
「ここです」
 その、外観に少したじろくレラ。
「……高そうだね」
「そうでもありませんよ。良いお値段ですし、味も良いんですよ」
 その言葉に促されるように中へとはいる二人。確かにメニューを見ると特に高級というわけではない。
「どれが美味しいのかな?」
「そうですね……牛肉が美味しかったはずですよ」
「じゃあ、それにしようか」
「そうですね」
 そこで、エリザはレラが自分の腕に、否、腕に附けている腕甲に目をとめていることに気が付く。
「どうなさいましたか?」
 言って良いのか一瞬の躊躇。その後にレラが真摯な声で尋ねる。
「その籠手どうしたの? 昔はしてなかったよね? 何か悪い物じゃないよね?」
 エリザは胸に何か暖かい物が流れ込んでくるような感覚を味わいながら言葉を返す。
「悪い物なんかじゃありませんよ。これは3000年程前のミスティックウオーリアーで拳聖とまで呼ばれたゲヘナが使っていた籠手ですよ。以前お会いした時も手には入れていたんですが鍵を見つけていませんでしたので身につけていなかったんですよ」
 そう、エリザは嬉しそうに答えを返す。古き英雄の武具を身に纏うことは優秀なアデプトであることの証でもある嬉しくないはずがない。そう、レラは思い、嬉しそうに言葉を続ける。
「そっかー、うんー良かったー、何かに呪われてるのかと思っちゃったー」
 その言葉にくすりと笑いエリザは言葉を返す。
「私は何かに呪われたりはしませんよ。なんと言っても意志を磨き上げるミスティックウオーリアーですからね」
 そして、くすくす笑いは大きな笑いへと繋がる。レラは一瞬きょとんとしたもののすぐにつられたかのように一緒に笑い出す。
 驚いて二人を見る周りの客。そこで、エリザは周囲に気づき笑いを抑える。それにつられてレラも笑いやむ。
 それでもなお、エリザは小さな声で笑い続けている。その声に暗い影はない。ただ楽しいから笑っているそんな声だ。
「それで、何で~笑ってるの?」
 一緒に笑っておいてそんなことを尋ねるレラ。エリザはやっとのことで笑いやみ、言葉を返す。
「いえ、レラさんが私のことを心配してくださってるんだな。そう思ったら急に楽しくなったんですよ」
「そんなに喜んでくれるんだったら、いっっくらでも心配するよー。でも、心配しなくてすむ方が良いなぁ」
 そう言われ、エリザは微笑む。
「それもそうですね」
 そんな所へ料理が運ばれてくる。良い色に焼き上がった牛肉にホワイトソースがかかっており、食欲をそそる匂いを周囲に漂わせる。そして、色とりどりの野菜がその美観を磨き上げより美味しそうに見せる。
「じゃ~いっただきま-す」
「そうですね。では、私もいただきますね」
 即座にレラがかぶりつく。エリザは食べる前に略式ながらパッションへの祈りを捧げる。そして、食べる。
 それを見てレラが少し気まずそうにする。
「どうなさいました」
「僕は、祈ってなかったけど気にしないの?」
 それを聞いてエリザは微笑む。
「私のはただの習慣ですよ。別に誰かを熱心に信仰しているわけではありませんしね」
 その後に聞こえるか聞こえないかの声でぼそりと続ける。
「それに、今更祈った所で意味はありませんしね」
 それを聞きとがめたのかレラが首をかしげながら問う。
「なんか言った?」
「いいえ、別に」
ふーんと、呟くと食事を再開する。しばらく、たわいもない話をしがら食事は続く。そして、食事も終盤に差し掛かった時少し真剣な顔をしてレラが尋ねる。
「エリザって意志を磨くのがミスティックウオーリアーだっていったよねー」
「ええ、それが私の道ですから」
 そこで逡巡。そして決意。
「じゃあさ、今やってることも前やってたことも全部自分の意志なの?」
 一瞬虚をつかれるエリザ。とぼけるのはたやすい。だが、それをすると自分は本当に堕ちてしまう。そんな気がした。
「レラさんと前にお会いした時も、今も一つの目的の為だけに自らの意志で行動しています」
 それを痛ましそうに見つめながらレラは口を開く。
「でも、辛そうだよ。辛いことはやめても良いんだよ」
 普段のひょうきんな声色とはどこか違う声色。それが、エリザにはひどく重かった。
「……それはできません。いえ、それはしません。私は迷わないことに決めたんです。目的を果たすまでは」
 そのひどく深刻な声と、悲愴なまでの決意に対してレラは声を荒げる。
「俺は違うと思うよ。人は迷うのやめちゃダメだよ。だって、それだと間違ってるか解らないじゃないか。自分が間違ってないか考え続けないとダメだよ」
 そこで、一息つき、グラスを空ける。うなだれるエリザ。
「だって、エリザ辛そうだよ。辛いって言うことはなんかダメなことあるんだよ。動物だってそう言う時は慌てないでゆっくりするんだよぉ」
 真剣な顔をして言葉を紡ぎ続けるレラ。それに自虐的な声で反駁するエリザ。
「……ですが、私には何も残っていませんし……ここでやめるわけにも行きません。私のような者をこれ以上増やさない為にも」
 その言葉にレラは泣きそうな声を返す。
「エリザが何で、何をしているのか知らないけど、何も残っていないなんて言わないでよ。俺、エリザの事、大好きだよぉ~。それじゃあ、だめ?」
「……ダメなんて……嬉しいですよ……とっても」
 何かへの迷い。口を開いては閉じる。そんなことをするエリザ。緊張の為喉が渇くのか頻繁にグラスを空けるレラ。
「ですが、私は引きません。それはここまで協力してくれた者に対しても犠牲になった者に対しても裏切りになりますから……諦めるわけにはいきません」
 そこで、強い決意をし言葉を続ける。
「例え……レラさんが私の前に立ち塞がろうとも……もう、諦めません」
 そこで、ふと違和感を感じる。レラの目が緩い。
「レラねー、エリザとは戦いたくないなぁ」
 その言葉に張りはない。そこで、エリザはふと考える。先ほどからレラが空けていたグラスの中身は何であったかと。確か牛肉に合うお酒を頼んだのではなかったか。
「レ、レラさん、大丈夫ですか!?」
 その言葉にレラはにゃへらーと笑う。
「大丈夫らよー、レラねー、エリザが笑ってくれるんなら大丈夫らよー」
 その言葉にエリザは少し悲しそうな笑みを浮かべる。
「……でしたら、私はあなたの為に笑っていますよ。例え何があっても」
 そして、エリザは無意味に笑うレラに微笑みをかわしながら勘定を払い。レラに肩を貸してレラの宿を探すことにした。それはなかなか手間取り見つかった時には日はすでに落ちかけていたがエリザは特に苦痛を感じなかった。なぜならその間中レラが終始幸せそうに微笑みながらエリザに語りかけ続けていてくれたから。