2070年 日本帝国 富士山直下 静かに風は吹き抜けてゆく。その音はまるで知るものが無いことを悲しむかのように物悲しく甲高い。 富士の風穴の奥深く。未だ人類が到達せざる未知の領域。全ての科学的調査を拒み、ただ静かにそこにあり続ける。風が吹き抜け、水滴が落ち、小さな虫たちがはい回る。今日と明日、否、今年と翌年、そんな区別さえ無意味に感じられる洞窟の奥。自然の音のみが鳴り響き続けるかに見えた、その場所で巨大な何かが身をもたげた。 爛々と輝くエメラルドグリーンの瞳が開き、周囲に怒りに満ちた思念をまき散らす。 それまで、無意味に動き続けていた虫たちが逃げ散る。 「タケルよ、疾く馳せ参じよ」 しばしの静寂。風すら遠慮したかのように吹かぬ。羽ばたきの音が響き、巨体の前に壮年のヒューマン男性が忽然と姿を現す。 「お呼びでしょうか」 男性が声をかける。巨体はただ思念を迸らせる。 「美香が討たれた」 驚愕。そして、怒り。男の表情に次々とそのような感情が表れる。 「姉上様が・・・・・・そんな」 「高位のイニシエイトが正体を見破り、罠に追い込んだようだ。あの者は擬態術を好まなかった故にな」 惜しむような、嘲るような思念を放つ。 「私めに姉上様の敵を御討たせください。無様なまねはいたしません」 巨体より怒りの気配が迸る。 「愚か者め。高位のイニシエイトが相手では、おぬしも美香の二の舞になるのが関の山よ」 「しかし!」 「若き者達を使え。調べ上げ追い込むのだ。自らの愚かさを思い知らせよ。最後の介入は許す」 跪き、言葉を返す男。 「ありがとうございます。それでは、直ちに手配を行います」 踵を返す。そして、筋肉が膨張するような独特の音。 「龍牙の刀の奪還を最優先せよ。ゆめゆめ油断するな、奴らはティルラーンの魔導書を手に入れている節もある」 「御意」 そして、羽ばたき音。洞穴には再び静寂が戻り、エメラルドの瞳が静かに閉じられる。 2070年JIS 神戸スプロール 西神地区 このエリアはかつて魔法企業がひしめき合い業界の未来を担おうとせめぎあっていた。 全てが過去形となってしまったのは日本帝国全土を揺るがした震災の為である。 現在では震災の原因の一つとして龍脈への干渉があげられている。 この地区は龍脈に干渉することで魔法企業を誘致していたのだ。無事ですむはずがない。しかし、その後の災害の拡大を防いだのも人の力だった。震災の直後に近隣の魔術師が集結し龍脈を鎮め荒れ狂う魔力の歪みにより狂った精霊を送還し続けた。 その結果、現在の西神地区は多くの魔術師が集うエリアとなっている。 そんなエリアにある一軒のタリスモンガー、魔法専門のフィクサー、の店'銀猫屋'にて、褐色の肌を持つエルフ女性が何かを悩んでいる。 「さっさと決めちまいな、ティター。そんな掘り出し物そうそうでないぜ」 店主とおぼしき老爺ががなる。 眉間に皺を寄せティターがぽそりとつぶやく。 「あと3000安くなんない?」 「なるか、馬鹿野郎!ただでさえ相場より安いんだぞ」 3000と言えば庶民3ヶ月分の生活費だ。安くなるわけがない。 「仕方ないじゃない。でないんだから!」 逆ギレをしてみても下がらないものは下がらない。 店主も負けじと怒鳴り返す。 「お得意さんだと思って下手に出てりゃ図に乗りやがって。ないならとっとと帰んな」 子供のように頬を膨らませながらティターは憤然と店を飛び出した。 そんな時にティターのコムリンクが着信を告げる。相手は山口組の若頭、三宅・満だ。 「おう、ティターか。仕事を頼まれてくれないか」 三宅は厳めしい顔に柔和な笑みを浮かべ話し始めた。 「うちの組の仕事じゃないんだかな、色々借りがある御仁でな。払いは保証する」 一瞬の黙思。ティターが満面の笑みを浮かべ口を開く。 「やるわ。詳細を教えて頂戴」 三宅は何かいいかけ、口を閉ざす。そして再度口を開く。 「依頼人は今西神の駅に向かっている。虎山という男だ。ついたらお前のコムリンクに連絡をいれさせる」 「わかったわ。駅前で時間をつぶしておくわ」 その後ティターが銀猫屋で収束具の取り置きを依頼したことは言うまでもない。 ティターが駅に着くと同時にコムリンクに通信が入る。 コムリンクに映るのは精悍な30代中盤の日本人。 「ティターさんですね。虎山です。今駅に着いたのですが」 「では、駅前のカフェででも、お話を伺いましょうか」 場面変わって、合成コーヒーを前に向かい合う2人。 「お忙しいところすいません」 虎山は厳つい顔に似合わず穏やかに話を始める。 惑乱から虎山の情報がティターの視界の隅にポップアップされる。 それによれば虎山が山口組どころかやくざ関係者ではないと記載される。 「いえ、お仕事を頂けて文句をいう謂われはございませんわ」 銀猫屋でむくれていたエルフと同一人物とは思えない程優雅に微笑む。 「しかし、私どもをご指定ということでしたが、以前お会いしたことがございましたか」 「いえ、私の上司がスマートな仕事をするチームだと聞いたようでして。ぜひティターさんに依頼するようにと指示を受けておりました」 虎山も落ち着いた笑みを浮かべ返す。 この神戸でメタヒューマンに対して自然体を崩さない者はなかなかなに珍しい。 好悪いずれにせよ。 「そう誉められてしまいますとお断りできませんね」 端から断る気のない女がそんなことを言う。 「そういっていただけると助かります」 虎山は穏やかに微笑んだまま続ける。 「DIVEと呼ばれる組織をご存じですかね」 すかさず、ティターの視界にポップアップ。 【ドラコニック・インフォメーション・ヴァーチャル・エクスチェンジ】 ネットワーク上でドラゴンの情報を交換し合うネットコミュニティ。世界中に散らばる数千の会員により構成される。明らかになっているドラゴンの動向やドラゴンの動画収集なども行われている。 「いわゆる、ワームウオッチャーのサークルでしたかね」 一瞬虎山の笑みが強ばる。 しかし、彼は即座にこわばりをほぐし言葉を返す。 「おっしゃるとおりです。ここに加盟している者から龍牙の刀と呼ばれる武器収束具を確 保していただきたい」 不思議そうな表情で問うティター。 「それは見ればわかるのですかね」 武器収束具など作り手の趣味でどうとでも作ることができる。 「芸術品としても収束具としても類を見ないものですので見ればわかるとは思います。念のため画像とオーラの特徴をお伝えしておきましょう」 外見は飾り気のない無銘の刀。だか、その刃紋、反りいわゆる全体のバランスが絶妙なのだ。 添付資料にあるオーラは奇妙なものだ。まるで本質を隠すように複数のオーラが襞のようになり全体を覆っている。 「なるほど、なかなかに珍しいもののようですね」 その言葉に虎山がさも嬉しそうに笑いうなずく。 「私の主人が精魂込めて作り上げた一品でして」 「そうでしょうね、なかなかあるものではありませんね」 「ええ」 虎山は続けて口を開き掛けたが、一度口をつぐみ表情を引き締める。 「とんだ脱線を。報酬は10万ニューエン。期限は切りませんが急ぎです。最悪ご依頼を打ち切らせて頂く可能性もあります」 ティターの頬がひきつる。破格の報酬である。普通の武器収束具なら2本は買える。 格別なリスクも見あたらない。 そして虎山が相場を知らないとも思えない。 つまりは想定不能なリスクがあるのだ。 「今までのお話と報酬が釣り合わないよう聞こえるのですが」 教えてくれればめっけもんとばかりに聞いてみる。 「ああ、申し忘れておりました。龍牙の刀を保持しているのは高位のイニシエイションを行ったアデプトと魔術師のようです。あとは刀を流されないようにとの保険ですよ」 無理矢理優雅な笑みを浮かべるティター。 「承りました。早急に結果をだせるよう努力させていただきます」 「では、よろしくお願いいたします」 ふと思い出したようにティターが続ける。 「あと、富士の御大にもよろしくお伝えください。すばらしいご依頼ありがとうございました、と」 虎山はその言葉にハ虫類じみた酷薄な笑みを浮かべうなずく。 「ええ、もちろんですよ」 「とりあえず、やり合うには頭数が必要よね」 場所は惑乱のロフト。ティターがぽつりとつぶやく。 「覚醒者で固めるよりは物理火力で圧倒する方が安全よね」 独り言のようにぶつぶつとつぶやく。 惑乱は我関せずにマトリックスから情報を集めている。 「聞いてんの!」 返事のないことに業をいやしたティターが怒鳴る。 「聞いてるさ。魔法関係はお前さんの専門だろ。素人はプロの意見に従うさ」 さも心外だとばかりの惑乱。 「じゃあ静(セイ)に声をかけるわね。物理火力も交渉能力もあるし」 返事も聞かずにコール。 数回のコールで相手が出る。相手は整った顔立ちのエルフ女性だ。 「は~い。どうしました~?」 コムリンクから間延びした声が響く。これでも彼女は重度のサイバー化を行ったサムライだ。 「ちょいと厄介なランを引き受けてさ。手貸してくんないかな、と思って」 静は寝ぼけたような顔をして返事をする 「時間はありますよ~。ただ私で役に立つかと、いくらもらえるかですね~」 その流れるような抑揚を気にせずティターは続ける 「報酬は3万。想定される相手は高位のイニシエーションを行ったアデプトとメイジ。目的は武器収束具の奪還」 どうだとばかりにティターが胸を張る。 「いいですよ~。詳細をくださいな。あたしも相手を洗いますよ~」 3時のお茶に誘われた気楽さで応じる静。 ティターもなれているのか特につっこまない。 返事に応じるように惑乱がデータを転送する。 「ふ~ん。依頼人もターゲットもやばいですね~。で、私はどうしたらいいですかね~」 「とりあえずターゲットを絞らないと話になんないからさ、影の業界で派手に動いてる人洗ってくれないかしら。あたしは銀猫屋の爺さんに該当するイニシエイトを聞いてみるわ。それで消し込みましょう」 静はにこりと笑いうなづく。 「おっけ~。じゃあ情報は惑乱に集積ね」 二人の視界にOKの文字が。 かくして二人は神戸の街に飛び出した。 神戸スプロール 元町エリア JISらしくない中華風の町並み、中華街をクロームのエルフが買い食いをしながら歩く。中華風の合成素材から魔法の触媒まで揃わないものはないと言われるエリアだ。 このエリアで顔の利く勢力に聞き込み、というわけではなく、馴染みのフィクサーカオリに飲茶をおごりつつ情報を聞くのが目的だ。 カオリも今日は暇なのか二つ返事で呼び出しに応じた。 場所は怪しげなカンフーグッズを販売する土産物屋の二階の飲茶屋、好菜(ハオサイ)だ。 この時代には珍しく天然素材を駆使した飲茶を出す。価格はおしてしるべしだ。 飲茶をオーダーして一口茶をすすってからカオリが口を開く。 「で、何が知りたいのかしら?」 静が一瞬沈黙し厨房に目を向け、嘆息。 「最近派手に動き回ってるメイジとアデプトの二人組を探してるんだけど知らないかな~?」 「優秀な?」 お茶を注ぎながらカオリが問う。 「そう、優秀な」 そこに店員が色とりどりの飲茶を持ってくる。 しばしの沈黙。そして、しばらく舌鼓と料理の感想だけが飛び交う。 30分ほど経過し卓上には湯気を上げるだけの空の籠のみとなる。 「御剣姉妹ね」 ふと思い出したようにカオリが呟く。 「そうかぁ。当たってみる」 話に断裂など無いかのように静は答え、コムリンクを操作する。そうデザートを注文するために。 所変わって西神地区、銀猫堂。 「爺さん、お金できたわよ。例の収束具頂戴」 開口一番ティターが店主に声をかける。 「お、おう。本当に金できたのか。早いな。念のため先に残高確認させて貰うよ」 ティターは今思い出したとばかりに指をならして付け加える。 「値段だけど正札でいいわよ」 嫌そうな顔をしながら残高照会をする店主。 「何が知りたい?」 ティターは否定するようにぱたぱたと手を振り答える。 「やーね。たんなる日頃の感謝のつもりだったんだけど」 一瞬の間。相手の返答を待たずに続けるティター。 「まあ、そこまで言ってくれるなら教えて頂戴」 不機嫌そうな顔で続きを待つ老爺 「ドラゴンに詳しい魔術師を誰か知らないかしら。ちょっとしたビズで絡んじゃってね」 何かを天秤に掛けるような顔での黙考。 まるで気に掛けぬげにティターは店内を見て回る。 「爺さん、ついでにこれも貰うわ」 にこやかに追加の購入を決めるティター。 「御剣だな。深剣・冴恵(ミツルギサエ)が恐らくこの辺りでドラゴンについては一番詳しいはずだ」 渋々といった感じで老爺は口を開く。 ティターは我関せず愛想良く応じる 「ああ、やっぱり彼女よね。サンキュー。連絡取ってみるわ」 ティターは機嫌良く物品を購入し、店を後にした。 後には苦み走った顔をした老爺が残され、ぽつりと呟いた。 「あれほど気をつけろと言ったのに地雷を踏んだようだな」 彼は特に誰かに連絡をするでもなく帳簿の整理を始めた。 惑乱は、DIVEについて色々とネタをあさっていると黒い噂が色々と出てきた。 曰く、いくつかのドラゴン謀殺事件にこの組織が絡んでいる。 曰く、裏サイトにはドラゴンのスナッフムービーがアップされている。 曰く、古代の邪教、偉大なる狩人の教団が管理を行っている。 半分は眉唾にしても全てがうそとも思えない。 管理者権限を獲得し、アクセス履歴をみると隠しエリアが存在するのは間違いないらしい。 その隠しエリアに何かしらのヒントがあるのだろう。 惑乱は神戸の近隣からアクセスし、なおかつ裏のサイトへ入る者を洗い出し始めた。 決して多いはずはない。 徐々に無数の容疑者が絞り込まれていく。 あわせて静とティターの聞いた深剣姉妹の立ち回り先から活動拠点を洗う。 特別なことはなくただひたすらに同じことを根気よく繰り返す。 そんな時、二人の帰宅を告げるアイコンが明滅する。 しばし後、惑乱は意識の中で伸びをしてログアウト。 そして、物理的に伸びをして強ばった体をほぐす。 振り向けば静とティターがうまそうに杏仁豆腐をつついている。 「お疲れさん。やさ割れた?」 気楽に尋ねるティターの耳には見慣れぬ赤い宝石のついたピアスが、長い髪には妖精の装飾が施されたバレッタが座を占めている。 一方静は満腹時特有の満ち足りた顔。ほんのりと飲茶の薫り。 「何やってきたんだ、おまえ等」 「アクセサリーの調達」 「優雅に飲茶ランチを少々~」 憮然と問う惑乱に楽しげに返すお嬢様方。 「で、わかったんですか?」 「とりあえず長田の方とだけな」 「オッケー。じゃあ後は足で探して強襲しましょう」 かくして三人は長田地区を目指し家を出た。 神戸スプロール 長田地区 この辺りは元々下町と呼ぶにふさわしいエリアだった。定食屋に居酒屋、そして町工場。 1900年代に海岸沿いに川崎重工や三菱重工業といったかつて日本を代表した重工企業が軒を連ねていた。 だが先年にあった大震災により軒並み壊滅。すでにドイツのメッサーシュミッツに買収されていた川崎はあっさりと長田地区を見捨てた。再建を目指しながらも、すでに力を失い小松に買収される身となった三菱には再建を主張する権限はなかった。 そして、多くの企業がこのエリアを見捨てたことで再建予定であった企業も予定を永遠の予定のままとした。 その結果巨大工場は放置され、ストリートギャング達の格好のアジトとなった。 まさに守りやすく攻めにくい要害である。 缶ビールを下げてうろつく三人。声をかけるのは静の仕事だ。 サイバーウェアで強化されたフェロモンと、独特の柔らかな言いまわし、そしてビール。 大体の相手は知っていることをついつい話しすぎてしまう。 そんなこんなで、長田のスクワッターに静のファンが相当数出来上がった辺りで深剣姉妹の住処はあきらかになった。 長田南部の旧化学品メーカーの社屋だ。近所のストリートギャング、ヴァイパーズを護衛に雇っているらしい。 ティターがアストラルから見ると社屋には薄い膜のようなもので覆われている。 結界である。これではアストラルから潜入はリスクが高い。 そんなことをつらつらとティターが考えている間に、惑乱がマトリックスから電子セキュリティーを掌握する。 ヴァイパーズは入り口に二人、警備室に二人の計四人、深剣姉妹は昔の社長室にいるようだ。 警備室のカメラはエンドレスに回しておけば気づかれないだろう。 今回は惑乱にもガンナーとして働いてもらう以上、これ以上ハッカーとしてのバックアップが期待できない。 ティターが、自らを加速する呪文を唱え腕輪によって維持をする。 そして、バレットとペンダントを持ち、意思を込めると一瞬のほのかな燐光を放つ。 突入である。 入り口の二人はティターの範囲魔法で悲鳴を上げるまもなく無力化される。 そして、3人は一路深剣姉妹の元へと目指す。 実力で負けている以上、不意をつき瞬時にけりをつけなければ、不利なのはこちら。 その思いを胸に、かつて社長室として使われていた部屋へと突入する。 外に向いた大きな出窓、執務用の机、そして、面立ちの似た二人の女性が待ち構えていた。 恐らく、ウォッチャーか何かに監視をさせていたのだろう。 部屋に入った瞬間、剣を持った深剣・恵が神速の動きで惑乱に近接し大上段に切りぬく。 惑乱はその一撃で弾き飛ばされ、驚愕に目を見開き倒れ付す。 ティターと一瞬の目配せをした後、静は恵を無視し、魔法使いである冴恵にモノフィラメントウイップで切り掛かる。 その単分子の刃は冴恵を捕らえるものの不可視の障壁に阻まれ無力化するには至らない。 ティターは、自らの魔力の限界までマナをかき集め、一気に解き放つ。 その凶悪なまでのマナの本流が恵を内面から焼き払い弾き飛ばす。 だが、そのあまりにも膨大な魔力はティターの身をも焼き、全身にやけどとも内出血とも言えない不可思議な傷跡を残す。 冴恵の顔に勝利を確信した笑みを浮かべ呪文を解き放とうとした瞬間、出窓が外側から砕け散り、小型のドラゴンが冴恵に躍り掛かる。 その獰猛なまでのカギ爪の一撃を避ける術も、はじき返す力も残していなかった冴恵は、ただ引き裂かれ、ずたぼろのようになってはじき飛ぶ。 静がドラゴンに向かって身構えた瞬間、ドラゴンは笑いのような吐息を吐く。それと同時に二人の頭の中に声が響く。 「落ち着け。依頼人に剣を向けるか」 「と、虎山さん!?」 それは、間違いようもなく依頼人の虎山の声であった。 2071年 日本帝国 富士山直下 風穴の主である、グレートドラゴン竜冥(りゅうみょう)がエメラルドの瞳を開く。 それにあわせるように、目の前に一人の男が舞い降りる。虎山である。 「ただいま帰還いたしました」 言葉と同時にうやうやしく一振りの日本刀を差し出す。 「うまくいったようだな」 虎山は黙って頭をたれた。 「して、奴らはどうであった?」 「まずまずかと。御大にエルフの魔術師より、よき仕事をありがたく存じます、と感謝の言葉を預かっております」 その言葉を龍冥が聞いた瞬間、暴風と吼え声が風穴に吹き抜ける。 「愉快なものよな。これは今後も使ってやらねばなるまいな」 虎山は何も言葉を返さず、ただ頭をたれつづける。 |